【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件

ポポリーナ

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5層ボス戦——世界最速の鑑定攻略

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 髪が逆立つほどの風圧。目を細める。風に混じって、鉄の匂いがする。血と金属が入り混じった、戦場の匂いだ。

 頭上から、巨大な翼の影が落ちてきた。

 刃翼のヴァルチャー。

 翼長六メートルの巨鳥が、ボス部屋の天井近くを旋回している。翼の端に鋭い刃。空気を切るたびに金属的な風切り音が鳴り響く。

 石柱の一本に翼刃が触れた。石が紙のように削れ、粉塵が舞い上がる。あの刃に人体が触れたら——一刀両断だ。

 ボス部屋は巨大な円形闘技場。天井高約十五メートル。天井には無数の鍾乳石がぶら下がっている。12番の鍾乳石を目で探した。北北西方向。あった。八百五十キロの石の柱。あれが——今日の勝負の鍵だ。

 視聴者数——五万人。過去最高。

『5層ボス戦キタ!!!!!!!!!!』

『五万人ってマジかよ!!!!』

『頼む!!!勝ってくれ!!!!』

『シロ:配信録画開始しました。全データを記録します』

「皆さん、5層ボス戦、始めます」

 声は落ち着いていた。不思議と、怖くなかった。準備は尽くした。

 昨夜、結局シロのDMに返信した。攻略情報だけ先に教えてくれ、と。シロからの返信は簡潔だった。「ヴァルチャーは周回飛行パターンが固定。3周目に必ず天井スレスレを飛ぶ。これは過去の5層挑戦者の配信映像から統計的に導き出したパターンです」。自分の鑑定データと完全に一致していた。シロは、俺の鑑定を使わずに、映像分析だけで同じ結論に辿り着いていた。

 作戦は完璧に組み上がっている。あとは——実行するだけだ。

「三島くん、予定通り頼む」

「了解っす!」

 三島がボス部屋の中央に走り出た。剣を抜く。声を上げる。

 囮だ。ヴァルチャーの注意を引きつけて、周回飛行パターンを誘発する。

「こっちだ! 鳥野郎!」

 ヴァルチャーの頭部がぐるりと回り、三島を捉えた。赤い眼が、獲物を認識した光を放つ。急降下。翼刃を広げた切り裂き攻撃。風圧が一颯の位置にまで届く。

 三島が横に跳んだ。翼刃が石の床を切り裂き、火花が散る。ギリギリの回避。床に深さ十センチほどの切れ込みが走った。あれが体に当たっていたら——

『ぎりぎり!!!!』

『三島あぶねえ!!!』

「1周目、開始! 高度三メートル! 反時計回り!」

 一颯は鑑定でヴァルチャーの飛行パターンをリアルタイムで解析していた。予測分析が同時に走る。コメント欄に実況が流れるが、見ている暇はない。全神経を鑑定に集中する。五万人が見ている。だが今この瞬間、俺の目に映るのは鑑定ウィンドウだけだ。

 1周目。天井から三メートル。鍾乳石には触れない高度。翼刃が空気を切る音が、部屋全体に反響する。三島が石柱の陰で翼刃をやり過ごす。石柱の角が翼刃で削られ、破片が三島の頬をかすめた。

 2周目。高度が上がる。天井から五メートル。ヴァルチャーが速度を上げた。旋回半径が大きくなり、部屋全体に竜巻のような風圧が広がる。三島の髪が激しく乱れ、剣を握る手が風に煽られている。

『2周目! 上がってきた!!』

『マコト:3周目だ。3周目に天井スレスレを飛ぶ。そこがチャンスだ』

 そして——3周目。

 ヴァルチャーが天井に向かって急上昇した。天井スレスレ。鑑定が表示する——天井からの距離0.3メートル。鍾乳石の先端が翼の下をかすめていく。

 予測分析が叫んでいる。12番鍾乳石との接触予測まで——四秒。三秒。

「今だ! 三島くん、12番の鍾乳石! 北北西方向、付け根を狙え!」

 三島は走った。予め拾っておいた拳大の石を握る。強化打撃の白い光が石を包む。十メートル離れた位置から、天井に向かって——

 腕が振り抜かれた。石が弧を描いて天井に向かう。

 鍾乳石の付け根に——命中。

 轟音。

 八百五十キロの鍾乳石が、天井から剥がれ落ちた。

 落下。十五メートルの自由落下。衝撃力二千八百キロ相当。

 ヴァルチャーの右翼に直撃した。

 金属的な破砕音。獣の絶叫。

 翼の骨格が折れ、刃翼が宙に弾け飛ぶ。回転しながら飛んだ刃翼が壁に突き刺さった。バランスを失ったヴァルチャーが、螺旋を描きながら地面に墜落した。

 衝撃が部屋全体を揺らす。粉塵が爆発的に舞い上がった。

『うおおおおおおおおおお!!!!!!!!!』

『当たった!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

『鍾乳石ドンピシャ!!!!!!!!!!!!!!』

 コメント欄の奔流。画面が文字で埋め尽くされ、コメントの速度に表示が追いつかない。

 だがまだ終わっていない。一颯の鑑定は休まない。落下したヴァルチャーの状態を即座にスキャンする。HP残量14%。翼は修復不能。飛行能力喪失。弱点の腹部が完全に露出している。今しかない。

「三島くん! 腹部の弱点! 仰向けに倒れてる間に——」

 粉塵の中から三島が飛び出した。ヴァルチャーは仰向けに倒れ、折れた翼でもがいている。装甲のない腹部が完全に露出していた。白い羽毛の下に、鑑定が映す急所の赤い点。

 三島が跳んだ。

 強化打撃の光が剣身を白く染める。裂帛の気合。渾身の刺突。

 腹部の急所を、一撃で貫いた。

 ヴァルチャーの動きが止まった。

 翼がだらりと垂れ、巨体が弛緩する。六メートルの翼が、折れた状態で床に広がっている。翼刃の金属光沢が粉塵の中でにぶく光っていた。風切り音が消え、ボス部屋に——静寂が降りた。

 数秒の沈黙。五万人が息を飲んでいる沈黙。

 鍾乳石が砕けた粉塵が、ゆっくりと降り積もっていく中、一颯は配信のマイクに向かって言った。

「サードダンジョン5層。クリアです」

 声が震えていた。笑いながら、震えていた。

 でも今は叫べる。声を震わせても、笑っても、誰も咎めない。五万人が一緒に喜んでくれる。

 三島が剣を地面に突き立てて、仰向けに倒れた。

「き……きっつ……でもやったっすよ先輩……!」

 天井を見上げて笑っている。粉塵で真っ白になった顔に、涙の筋が一本走っていた。感動なのか達成感なのか、本人にもわからないだろう。一颯にもわからない。ただ——胸の奥が熱い。

 コメント欄に、ひとつのメッセージが流れた。

『マコト:お前ら最高だ……!!!!!!!!!』

『ドクター:二人とも無事だな? 怪我はないか?』

『シロ:サードダンジョン5層、史上最速クリアです。おめでとうございます。これまでの記録は14日間。あなた方は7日でクリアしました。世界記録です』

 世界記録。七日間。

 三十二歳。リストラされた元営業マン。スキルは鑑定のみ。Dランク。

 そんな男が——世界記録。

 (何者かに、なれたのか)

 答えはまだわからない。だが、胸の奥で何かが——確かに、変わった気がした。


  ◇


 配信を切った。

 ボス部屋の静寂が、突然の音で破られた。スマホの着信バイブ。無機質な振動が、粉塵の積もった床に響く。

 非通知。

 出た。

 低く、落ち着いた女性の声が耳に流れ込んできた。

「はじめまして、柊さん。ダンジョン管理局調査課の朝霧と申します。少しお時間いただけますか」

 丁寧すぎる口調。官僚の話し方だ。

「あなたの鑑定データに、学術的な関心がございます。一度、直接お話しさせていただけないでしょうか」

 スマホを持つ手が微かに震えた。

 管理局。桐生が警告していた組織。影山局長が鷹取と繋がっている組織。

 だが——この声の主は、影山とは別の人物だ。調査課の朝霧。声に嘘の気配はない。だが営業マンの経験が教えている。丁寧な声が、必ずしも善意を意味するわけではない。桐生が見せた写真——鷹取と影山が親しげに話す姿——が脳裏をよぎった。管理局の中にも、味方と敵がいるかもしれない。この朝霧という人物は、どちらなのか。

「少し——考えさせてください」

「もちろんです。お返事はいつでも構いません」

 通話が切れた。

 粉塵が降り積もったボス部屋で、三島がまだ仰向けに寝転がっていた。

「先輩、誰からっすか」

「……管理局。ダンジョン管理局の調査課だって」

「管理局? なんか悪いことしました?」

「してない……と思うけど」

 三島が起き上がって、粉塵を払った。

「先輩、今日の配信やばかったっすよ。五万人っすよ五万人。俺、五万人に見られながら戦ったのはじめてっす。手が震えてたの、バレてないっすよね?」

「バレてる」

「マジっすか!!」

 二人で笑った。粉だらけの顔で、ボス部屋の廃墟の中で。勝利の余韻が、じわじわと体に染みていく。

 だが管理局の電話が、その余韻に微かな影を落としていた。桐生の警告。クロノスの動き。そして今度は管理局からの接触。

 何かが——次の段階に動き始めている。

 ボス部屋を後にする時、倒れたヴァルチャーの残骸を振り返った。六メートルの翼が折れた巨鳥の体は、もう動かない。だがその体の下に、何かが光っているのが見えた。ドロップアイテムだ。回収しなければ。

 魔石、翼刃の素材、そして——掌に収まるサイズの薄い板。三枚目の設計図の断片。後で確認しよう。今は、この場を離れたい。粉塵と汗と血の匂いが染みついた体で、地上の空気を吸いたい。

 ダンジョンの階段を上りながら、三島が隣を歩いている。二人とも粉まみれで、三島の頬には乾いた血の跡がある。だが二人とも——笑っている。

「先輩」

「ん?」

「俺、先輩と組んでよかったっす」

 三島の言葉が、ダンジョンの通路に静かに響いた。

 返す言葉が見つからなかった。だから代わりに、三島の肩を叩いた。言葉にならない感謝を、その一叩きに込めて。

 地上への階段を上がる。管理局の電話の余韻が、まだ耳に残っている。その予感が、粉塵の匂いの中で——確かに、肌を這っていた。
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