黒猫の俺は魔女に大嫌いな人間に姿を変えられちまったので元に戻るためにロックバンドコンテストで優勝目指すことにした

柊るい

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第2章

Johnny B. Goode

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リハを終え、楽屋に戻ると次のバンドが準備をしていた。

一番目に出演するバンドMIST(ミスト) CIGARETTE(シガレット)だ。

三人組のパンクバンドで、平均年齢四十歳と、今回出演するバンドのなかでは、最年長だ。

俺たちが来たときには、彼らはまだいなかったので改めて挨拶をする。

「リハ見たぞ! 面白いバンドだな! 期待してるぞ新人!」

 ボーカルのヤスさんは、そう言ってガハハと笑った。革ジャンにクラッシュのTシャツを着ている。

「ハタチか! じゃあもう毎日ヤりまくりだなおい! 俺たちなんかもうシオシオだってのによー!」

何をヤるのかわからなかったが、周りが笑っているのでたぶん愉快なことなのだろう。

ドラムのタツさんが「くすりとも笑わねーじゃね―か!」と言って俺の顔を指差して笑った。周囲がいっそう笑う。

「こいつ日本に来て間もないんで、ジョークを理解できてないのかも」裕太が言った。

「なんだ! 帰国子女ってやつか!」

ベースのテッチャンさんが言った。黒髪をシド・ヴィシャスみたいにワックスで尖らせている。

スタッフが呼びに来たので、彼らはリハへと向かった。楽屋が一気に静かになる。

「面白い人たちだな」

「でしょ? ライブもすごいよ。いつもフロア温めてくれるから、頭上がらないよ」

裕太の言葉に、石田が言った。

Essentialsが主催するイベントの初回から参加していて、毎回一番目に出演してくれているらしい。

すべてのバンドのリハが終わると、一旦全員が顔を合わせて挨拶をすることになった。

今日の出演は全部で五バンド。主催であるEssentialsは、メンバーは四人だと聞いていたが、三人しかいない。

「あいつどこ行ってんの?」ヤスさんが石田に聞いた。

どうやらボーカルがいないらしい。

和樹の話しによれば、Essentialsの人気は、バンドの演奏力はもちろん、ボーカルの圧倒的な歌唱力とカリスマ性にあるのだそうだ。

実際に音源を聞いてみると、それは納得できた。

歌が上手いのはもちろんだが、何度も聞きたくなる魅力があった。声質なのだろうか。なぜかは分からない。

何とか謎を解き明かそうと百回くらい聞いたが、聞いているうちにファンになってしまった。

だからこそ、早く会ってみたかったのだが、今日一日見かけていない。

「もう来ると思うんですけど」

石田がそう言った瞬間、ドアが開き、男が駆け込んできた。

「ごめん! 道に迷っちゃって遅れた! ……あ」

男が俺を指差した。俺も男を指差す。

昼間、一緒に迷子になった男だった。

「お前ら知り合いなの?」

ヤスさんがお互いに指を指しあう俺たちを見て言った。

昼間のことを話すと、全員が笑った。

「また道に迷ってたの?」

どうやら男が道に迷うのはいつものことらしい。

バンドメンバーは「天性の方向音痴だから」と半ば諦めた様子で言っていた。

一方、男は俺と再会できたことが嬉しかったのか、興奮しているようだった。

「この人すごいんだよ! 地図なしで駅にたどり着いちゃうんだから! 鮭みたいだよね」

一同はさらに笑いの渦に包まれた。

本人はなぜ笑われているのかわかっていないようだった。

「俺は魚かよ」と突っ込むと慌てて「違うそうじゃなくて! すごい勘の持ち主だなって思って! ほら、動物って帰巣本能が強いじゃないですか。鳥とか猫とか」と言った。

俺が「猫なら良いな」と呟くと「いいんかい!」とヤスさんが突っ込みを入れた。

笑い声がますます大きくなる。

「じゃあ猫くんって呼んでもいいですか」乾の言葉に全員が一斉に「いいわけないだろ!」と突っ込み、俺が「別にいいぞ」と言うと、「いいんかい!」とまた突っ込みを入れた。

なぜか皆、笑い転げていた。男が「本名は?」と聞いてくるので、名前を言った。

「俺は乾(いぬい)陽(はる)翔(と)。よろしくね、黒田くん」

そう言って手を差し出してきた。俺も手を差し出し握手をする。

思わず「やっぱイヌなんだな」と呟いた。

乾は、きょとんとしている。

「これは面白いことになってきたぞ」と呟く声が聞こえてそちらを見ると、ヤスさんが笑みを浮かべてこちらを見ていた。


約七時間後、俺は酩酊状態へと突入しつつあった。

まだ自分が酔っているという認識を保っているので、酩酊状態とはいえない。

だが遠からずそうなることは分かっている。それでも酒は止まらない。止めることはできないのだ。なぜなら……。

「ショー・マスト・ゴー・オン!!!」

そう叫んでビールを煽った。

口の中から喉、食道へと強烈な刺激が通っていくのを感じる。口の端からビールがこぼれた。

斜め前に座るヤスさんがゲラゲラ笑う。

「乾! おめぇも負けてらんねーぞ!」

「おれあ、そんな酒飲めないって、いってるひゃあないれすか」

俺の目の前に座った乾が言った。

俺の半分も飲んでいないにもかかわらず、呂律がまわらなくなってきている。

顔色は変わらないが、瞼がとろんとしてほとんど閉じかけていた。

「はっ! そんなんじゃあR2優勝は俺らがもらいだな」

「んなわけないあろー! 優勝は、俺たちゃにゃ、もるぁうんだからな!」

「上等だ! お前に負けたら商店街を裸で走り回ってやるよ!」

「言ったなぁ! 負けたほうぎゃ、しゅっぽんぽんで走りゅ、これで、決まり!」

乾がコップに残った酒を煽る。

「いーぞいーぞクソガキども! 喧嘩しろ喧嘩しろー!」

 ヤスさんが嬉しそうにけしかける。

「うるへえ!」と言ってやるが、まったく動じずガハハと笑うだけだった。

どこからか、裕太がすっ飛んできて「すみません、こいつ酒癖悪くて」と言いながら俺の隣に座る。

居酒屋に来ていた。ライブの打ち上げによく来る店らしい。

店側もバンドマンの扱いに慣れており、楽器を置くスペースを確保できる座敷へと案内してくれた。

四人用の座卓がいくつか並んでおり、それぞれが好きな場所に集まって飲んでいた。

二バンド目と三バンド目は、終電が早いという理由で早々に帰ってしまったので、俺たちとEssentials、MIST CIGARETTEの三バンドが参加していた。

俺はヤスさんと乾と同じテーブルに座っていた。

打ち上げ開始からそれほど時間は経っていないはずだが、俺はすでに酔っ払っていた。

俺だけではなく全員が酔っ払っている。

ライブが盛り上がれば、打ち上げも盛り上がる。

これは先ほどヤスさんから聞いた言葉だ。今日の盛り上がりは、過去最高だそうだ。

「おー! 裕太! おめえギター良かったぞ! 見かけによらずタフなギター弾くんだな」

ヤスさんの言葉に、裕太は照れ笑いを浮かべた。

「こいつは見た目通り、野生的なボーカルだけどな!」ヤスさんは俺を指差して、またゲラゲラ笑う。

「野性的ってどういうことだ!」俺が言うと、「そういうところだよ!」と俺の手を指さした。

俺は先ほどまでかじっていたイワシの頭を見た。

刺し身についていたもので、誰も食べようとしないので先ほどからずっとかじっていた。

顔を上げると、なぜかその場にいる全員が笑っている。

乾の、くしゃりと笑う顔が目に入った。

少年のような愛らしさを浮かべる顔を見ていると、今日のライブで見た姿は別人だったのではないかと思えてくる。

乾のボーカルは、普段の姿からは想像もできないほど、凶暴で、危険な香りを漂わせていた。

曲が始まった瞬間、いつもの人懐こい表情から、精悍な表情へと変わる。

幼い少年が、一瞬にして青年へと変化したようにも見えた。

その急激な変化は、見ている相手に衝撃を与える。

初めて目にした観客は、まず一瞬、呆けたように彼を見つめる。

俺もその一人だった。彼が歌いだした瞬間、時が止まったように思えた。

しかし次の瞬間、自分が笑みを浮かべていることに気付き、彼に心を掴まれていることを認識する。

気づけば他の客と一緒に、叫んだり拳を突き上げたりしていた。

悔しいが、認めざるを得ない。

乾のボーカルとしての魅力は抜群だ。

Essentialsの直後にライブをやるのは嫌だとさえ、思ってしまった。

同じライブではもちろんのこと、出順が並んでいるバンドはとくに比較されやすい。

幸い、今日の俺たちはEssentialsと離れていたが、いつか前後の出演になるかもしれない。

そんなことを考えていると、乾がなぜか俺の手を握って、その手を上下に揺らした。
握手をしているつもりらしい。

「ほんろ、ブルームーンすげえ良かったよ! 初ライブで、あほこまで盛り上げりゃりゃりゅなんて。俺、やべえって思ったもん」

乾が言った。

ライブのときを思い出したのか、閉じかけていた瞼が徐々に開いていった。

目が血走っている。突然、電池を入れ替えたように早口でまくし立てた。

「俺、もっと頭で考えずに歌いたいって思ってたんだよ。フィーリングで歌うっていうのかな。今の自分にとってそれが課題の一つだったんだけど、黒田くんはさらっとそれをやっちゃっててマジかよって思ったね。『これこそ俺の求めてたやつだ!』って。でも先に越されちゃったから俺がやるとモノマネになっちゃうもんなあ。そうだ大輝! 次のライブでやりた……」

最後まで言い切らないうちに、頭が大きく右へと傾いた。

そのまま壁に頭をしたたかにぶつけた。

ゴンッと大きな音を立て、そのまま動かなくなる。

顔を覗き込むと、寝息を立てていた。

「死んだ」「死ぬ直前、元気になるって本当なんだな」

俺と裕太が話していると、乾に名前を呼ばれた石田がやって来た。

一滴も酒を飲めないらしく、この中で唯一シラフだ。

「どうしたハル……って寝てんじゃん」

「毎度のことだけど、今回はとくに興奮してたな」石田とヤスさんは慣れた様子で話していた。

石田の後ろからテッチャンさんが、ドタバタと駆け込んできた。

ライブのときに逆立てていた髪の毛は、今は下ろしている。

前髪ができるとずいぶん若く見えた。

俺と裕太を指差しながら興奮した様子で言った。

「おいヤス! こいつら家にスタジオあるらしいぞ!」

「はぁ!? スタジオ!? 金持ち坊っちゃんなのか?!」

「俺の家っすよ。ボロ家買い取ってスタジオに改造しました」

テッチャンさんの後ろから、和樹がにゅっと出てきた。

珍しく顔が少し赤いと思ったら手に日本酒の一升瓶と枡を持っていた。

和樹の背後には俊樹がいる。俊樹は枡を片手に、和樹の手に熱い視線を送っていた。どんだけ飲むんだ、この兄弟。

「自宅にスタジオ作っちまうなんて、最近の若者はすげぇな」ヤスさんが感心したように言った。

「そうだよ、今じゃCD買わずにサブフクとか言うので音楽聞いてるらしいぞ」

「サブスクですよ。CDは好きなアーティストだけは買うようにしてますけど」和樹が俊樹に日本酒を注ぎながら説明する。

「何だ、サブスクって。スク水の仲間か?」ヤスさんは自分の寒いギャグに一人で爆笑した。周囲の冷たい視線はお構いなしだ。

「ヤスさんこないだも説明したじゃないですか」石田が言った。

「俺ガラケーだもん」ポケットから折りたたみ式の携帯電話を取り出す。

「すげぇ! 俺ガラケー初めて見るかも」裕太が身を乗り出して携帯電話を眺めた。

「初めてなことあるか! スマホ登場したのだって最近だろ?」

「最近って言っても、俺らが中学の頃、六年くらい前はもうだいたいスマホでしたよ?」

「待って。六年前が中学ってのが衝撃なんだけど」ヤスさんが驚きの顔を浮かべている。

「ヤス、落ち着いて聞けよ。こいつらの生まれ年は二〇〇〇年だ」テッチャンさんの言葉に、ヤスさんが白目を剥いて倒れた。

倒れた拍子に乾が目を起きる。

「おい! お前もう朝だぞ! 早くしないと遅刻するぞ!!」ヤスさんが乾の肩を揺する。

寝ぼけ眼の乾が「えっ!」と言って慌てて立ち上がり壁から突き出した梁に頭をしたたかに打ち付けた。

再び周囲は笑いに包まれる。

ヤスさんが「ごめんごめん」と言いながら乾に水を渡す。

乾は水を飲み干すと、頭を振った。目をパチパチとさせ「焦ったー」と言った。

頭を打ったのと水を飲んだのとで、少し酔いが覚めたらしい。

「そうだ、大輝。次のR2用の曲作りたいから明日、スタジオ入れない?」

乾の言葉に俺は目を向いた。

「R2用の楽曲だって!? もう作ってるのか!?」

R2の一次予選の応募は七月から始まる。

まだ五ヶ月近くあるのに、すでに楽曲を作っているとは。

「つくった曲すべてで勝負できるとも思わないし」

「こうしちゃいられない! 俺たちも曲作りだ!」

立ち上がろうとすると、頭がくらりとした。

裕太や石田に支えられ、なんとか倒れずにすんだ。

「黒田、さすがに今日は無理だ」

「いやだ! 俺がやると言ったらやるんだ!」

止める裕太たちをよそに、和樹が俺の元へとやって来た。

「さすが黒田! よしこれで景気付けろ!」

あぐらをかいた和樹が日本酒を枡に注いだ。

さすがは大人の和樹、俺のことをわかっている。

俺もあぐらをかいて、並々に注がれた日本酒を飲み干す。

ビールよりもさらに熱い液体が胃に流れ込んでいく感覚があった。

目の前がぐらぐらと揺れだす。これは、酩酊状態に突入しているんじゃないか。

いや、まだだ。飲み終えると、さらにコップを渡されるので、それも飲み干す。

冷たい液体が胃に流れ込む。水だ。

「おいおいそんなに飲ませて大丈夫かよ」「こっちは水なんで大丈夫です」という声が、遠くで聞こえる。

再び枡を差し出されたので飲むが、先ほどのような焼けるような熱さはない。

これも水だ。間髪を入れず再びコップが差し出され、飲む。これも水だ。

抗議の声を上げようとしても、次から次に差し出されるコップに行き着く暇もなかった。

「これ、酒じゃにゃいだろ」ようやく差し出されるコップの勢いが止まった。

「あ、バレちゃった?」和樹が無邪気な笑みを浮かべる。

いたずらをした子どもがバレたときのような顔だった。

「てめぇこんにゃろ」追いかけようとするが、兎のような素早さで逃げる。

さらに最初に飲んだ日本酒が効いたのか、くらりとして床に倒れた。

眠気が津波のように押し寄せる。

ああダメだ、あいつに負けたくないのに……。

そう思いながら、眠りの波に流されていった。
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