鏡合わせのミロワール

知己

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第9章 鉄道攻防戦

第66話 ツユリとネージュ

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 ————龍の背のようにどこまでも続く線路の脇を三頭の駿馬が颯爽と駆け抜けている。

 先頭を駆けるは一際大きな体躯の黒鹿毛の牡馬で、その背には己の背丈を優に超える長柄武器を携えた女武術家が騎乗している。
 
 その後ろには雪を纏ったような白毛の牝馬が続き、騎乗する乙女の艶めいた黒髪との対比が美しい。
 
 最後尾に位置するはしなやかな馬体の栗毛の牝馬。背に揺られているのは反りの入った片刃剣を腰に差した若武者である。その鋭い眼光は前を行く二人の乙女を見守りながら、まだ見ぬ地平線の先にある目的の地へと向けられていた。
 
「…………!」
 
 何かに気付いた様子の若武者は速度を上げて先頭の黒鹿毛の右隣に愛馬を寄せた。
 
「リンファ」
「タスク! そんなにウチと並走したいんか⁉︎」
「いや、違う。少し速度を落としてくれ。ヘイワンの体力と脚力に俺たちの馬がついていけない」
「え……?」
 
 指摘を受けたリンファが並走する栗毛の牝馬に眼を向けたところ、栗毛馬はゼイゼイと呼吸を乱し馬体に珠のような汗を浮かべている。続いて後ろを振り返ると、ミロワの乗っている白馬も同様であった。
 
「わああ! スマン! ウチ、そんなに飛ばしとった⁉︎」
「そうじゃない。だが、立派な体格の上に野生で鍛え上げられていたヘイワンと、今まで人に飼い慣らされていたであろう俺たちの馬では元々の能力に差があるんだろう。すまないが、俺たちに合わせてくれると助かる」
「わ、分かった。気を付けるわ……」
 
 リンファが手綱を引いて速度を緩めると、後方を走っていた白馬が左隣へと身を寄せてきた。
 
「二人とも、アレを見て」
 
 ミロワが指差した方に顔を向けると、線路の先に建つ巨大な平屋の脇で鋼鉄の百足ムカデらしき物体が黒煙を吐いて停止している姿が眼に入った。
 
「おお! アレが『列車トラン』ってヤツか⁉︎ でえれえカッコええが‼︎」
「……だが、動いていないな。故障でもしたのか……?」
「いえ、恐らくあそこは『駅』でしょう」
「駅とは何だ、ミロワ?」
「乗客の乗り降りや、燃料の補給をするための中継地だそうよ。ちょうどいいわ。私たちもあそこで休憩していきましょう」
「そうだな。俺たちはともかく馬たちを休ませなければ」
 
 
        ◇
 
 
 ————上手い具合に駅のそばには小川が流れており、三頭の馬たちは大喜びで水面に口を運んだ。
 
「よしよし、たっぷりと飲んでくれ。ツユリ」
「後でゴハンもあげるからね。ネージュ」
 
 タスクは栗毛の牝馬を『ツユリ』と、ミロワは白毛の牝馬を『ネージュ』と名付けていた。
 
「なんじゃ、ヘイワン。あの牝馬たちが気になるんか?」
 
 ヘイワンは喉を潤しながらもツユリとネージュの様子を横目でチラチラと窺っていた。
 
「安心せえ。お前がこの旅をカッコよう引っ張っていったら、あの二頭もお前に惚れること間違いなしじゃ」
「ブルゥ?」
「ホンマじゃ。ウチだって一生懸命頑張ったら、きっとタスクはウチのことを選んでくれるんじゃ……! じゃけえ、一緒に頑張ろうな」
「ヘイワンと何をしゃべっているんだ?」
 
 声に振り返ると、ツユリを引いたタスクが首を傾げていた。リンファは慌てて手を振り弁明する。
 
「な、なんでもないわ! 喉が潤ったんなら次はメシじゃ、メシ!」
「…………? ああ、そうしよう」
 
 
     ◇ ◇
 
 
 ————ヘイワンたちが美味しそうに野草を食べているそばで、タスクたちも乗客向けの露天商から購入した軽食で空腹を満たしていた。
 
「……それにしても、こんなデッカい鉄ムカデが馬と同じ速さで走るなんて信じられんわ……」
 
 停車中の列車を興味深そうに眺めていたリンファがサンドイッチを頬張りながらつぶやいた。
 
「確かにな。バイクやクルマはまだ分かるが、ざっと見ても二百人は下らない乗客を乗せて本当に走れるのか……?」
 
 同じく列車を眺めながらタスクが同意した時、駅から『ジリリリリッ‼︎』というベルがけたたましく鳴り響き、乗客たちがせわしなく乗り降りを始めた。
 
「なんじゃ、この音は⁉︎」
「どうやら出発する合図みたいね」
「ええ⁉︎ こうしちゃおられん! ウチらも行かんと!」
 
 慌てて残りのサンドイッチを飲み込んだリンファだったが、タスクが待ったを掛ける。
 
「待て、リンファ。ツユリたちがまだ食べている途中だ」
「あ……」
「リンファ、この先にも駅があるはずよ。またすぐに追いつけるわよ」
「……そうじゃな。ヘイワンたちに満足してもらうんが一番大事じゃ……!」
 
 素直に思い直したリンファが優しげな瞳を愛馬に向けると、タスクとミロワも自然と笑みが溢れる。
 
 その間に準備が整った十両編成の列車は黒煙を上げてグロンダンへの運行を再開した。
 
 
 
 瞬く間に小さくなる列車の背中を見送った三人はたっぷりとエネルギーを補給した愛馬たちの元へ歩み寄る。
 
「満足したか、ツユリ? もう少し休んだら、また走ってくれると助かる」
 
 柔らかな栗色の毛並みを撫でながらタスクがささやくと、ツユリはペロリと彼の頬を舐めた。愛馬の承諾を得たタスクが微笑んだ時————、
 
「————待って!」
 
 タスクと同様にネージュの機嫌を伺っていたミロワが制止するように手を広げた。
 
「どうした、ミロワ⁉︎」
「なんじゃ、急に⁉︎」
「…………『鏡人ミロワール』の気配がする……‼︎」
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