鏡合わせのミロワール

知己

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第9章 鉄道攻防戦

第65話 新たな相棒

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「————なん……だと……⁉︎」
 
 眼を見開き絶句するタスクに男は言う。
 
「いや……、そんなに驚くアンタに驚いてるんだが、この街に馬を売ってる店なんてないよ」
「……どういう、ことだ……⁉︎」
 
 いまだ驚愕の表情を貼り付けたままのタスクに、犬の散歩中と見られる一般市民のおじさんは困ったように首を振る。
 
「だからさ……、どんどん工業化が進んでるこのご時世に馬に乗って移動する奴なんて少ないってことだよ」
「だ、だが、こんな大きな街で馬に乗る者がいないなんて……!」
「そりゃ都会だからだよ。車やバイクがどんどん作られてて、最近じゃグロンダンへの直通列車トランも開通したんだ。わざわざ馬に乗る必要なんてないだろ」
「……そ、それでは、馬はどこに行けば手に入れられるんだ……⁉︎」
「さあねえ……、田舎の農業とか放牧とかしてるところに行ってみればいいんじゃないか?」
「…………!」
 
 再び言葉を失うタスクに代わってミロワがペコリと頭を下げる。
 
「ありがとうございました。お散歩の邪魔をしてすみませんでした」
「あ、ああ……」
 
 ミロワから礼を受けたおじさんは手を振って犬の散歩に戻っていった。
 
「……困ったわね。まさか出だしからつまずくなんて……」
「……リンファ。貴女あなたはどこでヘイワンを手に入れたんだ……?」
 
 ヘイワンの毛並みを撫でていたリンファは振り返って答える。
 
「『貴女』なんて他人行儀な呼び方はやめてえや! ウチのことは『お前』って呼んで!」
「今は呼び方なんてどうでもいいでしょう?」
「お前には言うとらんのじゃ!」
 
 バチバチと火花を散らすミロワとリンファの間に慌ててタスクが分け入る。
 
「分かった。今後は気を付ける。それで、さっきの質問だが……」
「約束じゃで! ウチとヘイワンの出会いはなあ……あれは、タスクを追ってエティエンヌの街を飛び出した二日後のことじゃった……」
「なんだか長くなりそうね……」
「まあ、聞いてみよう」
 
 口元に指を当てるタスクの仕草に気付かず、リンファは再び愛馬へと向き直った。
 
「————草原地帯に差し掛かったウチの前を突然黒い流星が駆け抜けて行ったんじゃ。それから、その流星はウチを挑発するようにグルグルと周りを走り出した」
「つまり、ヘイワンは野生の暴れ馬だったみたいね」
「どうやらそのようだ」
 
 しかし、リンファは二人の会話が耳に入っていない様子で話を続ける。
 
「決闘の申し出を受けたウチはでえれえ速度で駆ける流星に追いついて華麗に飛び乗った! 背中に飛び乗られた流星は驚いて暴れに暴れ回ったんじゃけど、ウチがガッチリと首と胴を締め上げたらようやく大人しゅうなったんじゃ!」
 
 ここまで話したリンファはゆっくりと振り返った。その顔には得意げな笑みが張り付いている。
 
「————その黒い流星っていうんが、ウチの愛馬・ヘイワンというワケじゃ! どうじゃ、驚いたじゃろ‼︎」
「ブルルッ」
 
 腰に手を当てて仁王立ちするリンファに応えるようにヘイワンもシッポを揺らして鼻息を荒くする。しかし、タスクたちの反応はあっさりとしたものであった。
 
「……そうだったのか」
「……さすが、リンファね」
「……ピピィ」
「そうじゃろ、そうじゃろ!」
 
 皆のおざなりな返事に気付かず気を良くするリンファをよそにタスクは腕を組んで思案する。
 
「……しかし、困ったな。野生の馬を探しに行く時間が惜しい————」
「————おーい、ニイちゃん」
 
 声に振り向いてみれば、先ほどの散歩中のおじさんであった。
 
「何か?」
「いや、馬のことなんだけど思い出したんだよ。いるところ」
「————それはどこに⁉︎」
「あ、ああ、衛兵団の官舎にいると思う。パレードの時なんかに衛兵が乗ってたんだよ」
「その官舎とはどこにあるんだ⁉︎」
「それなら————」
 
 
 おじさんから官舎の場所を聞いたタスクにミロワが話し掛ける。
 
「行くの? タスク」
「ああ。行ってみよう」
 
 
      ◇
 
 
 ————おじさんから聞いた通りの場所にソレはあった。
 
「……三階建ての建物に、衛兵の制服に刺繍されていたものと同じ紋章……ここで間違いなさそうだな」
 
 高い塀に囲まれた建物の門扉から伸びる旗には衛兵団のものと思われる紋章が鮮明に刻まれていた。しかし、どこか誇らしげに風にたなびく団旗とは対照的に官舎の正門は閉め切られており、塀の中から団員たちの活気ある訓練の声なども漏れては来ない。
 
「ここは武術門派みてえなモンなんじゃろ? なんでこんなに寂れとるんじゃ?」
「……無理もない。かなりの者たちがゼンマの手に掛かってしまったからな。恐らく残った団員も街の復興に駆り出されているのだろう」
「そうなんか……」
「ピピッ」
 
 リンファが悲しげにつぶやいた時、上空からシュウがミロワの左腕に降り立った。
 
「どう? シュウ」
「ピッピ、ピィ、ピピピィ」
「————中に厩舎があって馬が数頭飼われているようね」
「お前……! シュウの言うとることが分かるんか⁉︎」
「ええ。なんとなくだけど」
「……フ、フン! ウチだって本気を出したらヘイワンの言うとることが分かるんじゃ!」
 
 負けず嫌いを発動させたリンファにタスクが声を掛ける。
 
「リンファ、俺とミロワは馬を見てくる。貴女————お前はここで待っていてくれ」
「なんでなん⁉︎ ウチも一緒に行きたい!」
「ヘイワンを連れて行けば目立ってしまう。ここで見張りも頼みたい」
「むー……」
 
 口をへの字に結ぶリンファとヘイワンを残して、タスクとミロワは塀を一足飛びに乗り越えた。
 
 
 
 ————忍び込んだ官舎の中はやはりがらんとしており、人の気配は感じられない。
 
 シュウの案内に従って進んで行くと、ほどなくして厩舎が見えてきた。中には二頭の馬が馬房に入っていたが、餌や水は尽きかけており糞も片付けられていなかった。世話をしている者の手が回っていないのだろう。
 
「ちょうどいい。この二頭を貰い受けよう」
「……いいの? タスク……」
「以前、ジャンに言われたことがある。わずかな規範にとらわれていては大事だいじを成すことは出来ないと」
「そう……、ジャンがそんなことを……」
「一方的ではあるが、代金を置いていこう」
 
 馬代には充分と思われるカネを残したタスクは右手側の馬房の栗毛馬に手を伸ばした。見知らぬ来訪者に撫でられた栗毛馬だったが、タスクの眼をジッと見つめると暴れる素振りも見せず小さくいなないた。
 
「俺はこちらの栗毛に乗ろう。お前は————」
 
 振り向いた視線の先では、まるで雪のような毛並みの白馬をミロワが優しげに撫でていた。
 
「良い子ね。私のことを気に入ってくれたみたい」
「————よし、長居は無用だ。リンファに合流してグロンダンとやらに出発しよう」
「ええ」
 
 早速二人は相棒となる栗毛馬と白馬を引いて厩舎を後にした。
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