さよなら異世界転生

武井とむ

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第一章

食べても食べても腹が減る

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調査任務を終えて帰還したミケは、マザーク共和国での出来事を伝えた。
アダムは厳しい表情を浮かべる。
緊張感に包まれた部屋の中で、報告が終わりミケはその場に立ち尽くしていた。
部屋に漂う緊張を感じる。

アダムが口を開いた
「生きて戻ってきてくれてよかった」
短く告げると、ミケはその言葉にわずかな安堵を覚えた。

「なるほど、未来予知ヴィジョンか...それは厄介だな」
アダムは座り慣れた自室の椅子に腰掛け考えた。
そのスキルは彼にとってあまりにも魅力的で、手に入れる事を想像し、そのスキルによって得られるであろうこれまで以上の力に興奮を隠しきれなかった。

その空気を察知してかミケは少し恐怖を感じていた。
アダムの素性を知る者は多くはない。
その中でもミケは一番長い付き合いになる。

——————

ミケがアダムと出会ったのはエランノールにドラゴンが現れる少し前だった。
当時のミケは性別、人種問わず、はぐれものの集まりであった盗賊団のリーダーとして日陰に生きていた。

ある日、財宝が腐る程ある城で一人で住む変人がいるという噂を聞きつけた仲間がミケに盗みに入る事を提案した。

盗んでくれとしか思えないカモの情報に興味を抱いたミケはターゲットを調べるよう手下に指示した。

調査を進めると不穏な情報が耳に入ってきた。
その城主は財宝に目が眩んだ盗っ人を囚えて、普通の思考では思いつかないほどの拷問や性別問わず性的な暴力を加え、散々愉悦に浸ったのちに対象を殺すという、おぞましい狂気の持ち主であることが分かった。

情報を聞いたミケはアジトで団員たちの顔を見回した。
任務の危険性は誰もが承知していたが、彼女はその目に浮かぶ恐怖を見逃さなかった。
団員たちはそれぞれに勇気を奮い立たせようとしていたが、その心の奥底には逃げ出したいという本音が見え隠れしていた。

「俺たちが今までやってきたこととは違う」と、一人の団員が声を震わせながら呟いた。
リーダーのミケはその言葉に静かにうなずき、重い決断を胸に刻んだ。

「お前たちを危険にさらすわけにはいかない」とミケは静かに言い放った。
その言葉に団員たちは安堵の表情を浮かべたが、同時に彼女が一人で行くことへの不安も隠せなかった。
「私が一人で行く。お前たちはここで待て」

一人の団員が抗議の声を上げようとしたが、ミケの決意に満ちた目を見て口を閉ざした。
彼らは皆、リーダーの言葉に従うしかなかった。
恐怖に震える団員たちは、内心ではこの任務から逃げたいと思っていたが、それを口にすることはできなかった。

ミケは深呼吸をして、アジトから目的の城へ向かった。
背後で団員たちの視線を感じながら、は自分の心に決意を固めた。


夜の闇に紛れて、ミケは静かに城の壁を越えた。
彼女の周囲には、冷たい風が吹き抜けるだけで、まるで時間が止まったかのような静けさが広がっていた。
ミケは何度もこうして城や館に忍び込んできたが、今夜は何かが違っていた。

城内に入り込んだミケは、廊下を慎重に進みながら、周囲の音に耳を澄ませていた。突然、遠くから微かに聞こえる争いの音が彼女の耳に届いた。
好奇心と不安が胸をよぎり、彼女は音のする方へと足を向けた。

やがて、豪華な装飾が施された大広間の扉の前にたどり着いた。
扉の隙間から、中の様子を伺うと、そこには信じられない光景が広がっていた。

城主が、見知らぬ男と激しい戦いを繰り広げていたのだ。
その男は、鋭い剣を手に持ち、まるで闇そのものが形をとったかのような存在感を放っていた。

ミケは息を呑んだ。
彼女の目の前で、城主は必死に防御を試みていたが、その力は圧倒的だった。
男の一撃が城主の防御を突き破り、次の瞬間、城主は床に倒れ込んだ。
倒れ込んだ城主を仰向けにして、男が城主の額に指を向ける。
指から放たれた熱線のようなものが部屋をわずかに赤く照らす。
ミケは何が行われているのか理解が追いつかった。
城主の額が割れ、脳が露わになる。
男は割れた額に手を入れ何かを探すように弄っている。
血の香りが漂い、嫌な音が響く。

ミケはその場に凍りついたように立ち尽くした。
これまで数々の危険を乗り越えてきた彼女も、この状況には手の打ちようがなかった。
男の不気味で強大な力に圧倒され、体が動かなくなったのだ。

ミケの心の中で、長年の不満と怒りが渦巻いていた。
世界は不公平で、権力者たちは何もかも支配し、私みたいな者はその影にひっそりと隠れて生きるしかなかった。
ミケはずっとこの状況を変えたいと願っていた。
自身の力では限界があると感じ、誰かがこの世界を変える力を持っているなら、自分もその力に従い、共に変革を成し遂げたいと切望していた。

その時、男がゆっくりとこちらを向いた。
鋭い目が暗闇の中でも光を放ち、ミケの存在を見抜いたかのようだった。
ミケはその目に、自分が求めていた力と共鳴するものを感じ取った。
彼女の心には、恐怖よりも強い決意が湧き上がっていた。


「あ、あの....仲間にしてください...」
ミケは静かに言った。
「なんで?」
男は無愛想に答える。
「私...この世界が嫌いで。でも...あなたについて行けば何か変わる気がして...」
男は先ほどまでの残忍性が嘘のように、きょとんとした表情を見せる。
「へー。俺はここ好きなんだけどな。あ、耳」
そう言いながら男はミケの猫耳を指差した。
ミケはそれを隠すように急いでフードを被った。
「なんで隠すの可愛いじゃん猫耳」

ミケは驚いた。
獣人こそ珍しくないが、一部の者には差別を受ける対象であるからだ。
ましてや、ミケが産まれ育った街では差別意識が強く、迫害される事も多かったが、病に伏していた母親の看病やお金も無く、街を離れる事ができなかった。
それ故に根深いコンプレックス、トラウマを抱え、追い打ちのように母親は他界した。
ミケは世界に絶望する。
母が亡くなり半年が経った今、盗賊団という新しい家族が出来たが、いつも心の奥に深い闇を宿していた。

ミケの闇など知るはずもない男は続ける。
「尻尾まで生えてるし。そうだ、話す時『にゃ』ってつけてみて」
「え..あ、はい。ん?にゃい?」
「やり過ぎは微妙。適度にかな」
恐怖も混ざった戸惑いを見せながらもなんとか応えようとするミケ
「こんにゃ感じですかにゃ...?」
「あーいい感じ。それで」

そう言うと男は徐ろにミケに近づき、寄り掛かるようにして抱きしめた。
「ごめん。なんかハイになってる」
ミケの肩に埋めるように置いた顔をゆっくり上げ、男はミケの唇にキスをした。

ミケの感覚を一気に支配した。
初めは驚きと戸惑いが交錯し、体が硬直する。
目を見開き、唇が触れる瞬間の温かさと湿り気に彼女は呆然とする。
男の強い手が彼女の頬に触れ、優しく引き寄せられる感覚が新鮮で、同時に信じられないほど心地よかった。

その感触にミケの驚きが次第に溶けていく。
心の中で波が静まり、次第にそのキスに応える気持ちが生まれてきた。
男の唇が柔らかく、情熱的でありながらも、どこか安心感を与えるものであったため、彼女の心は徐々に受け入れの準備を整えていった。

ミケは瞳を閉じ、感覚を研ぎ澄ました。
男の温もりを感じながら、その瞬間に身を委ねた。



血の匂いがする城内には、わずかな月明かりがさしていた。



「ごめん。急に」
「大丈夫です...にゃ...」
ミケは脱力するも、心は覚悟していた。

二人は力尽き城内の廊下の壁にもたれかかっていた。
目の前の扉の開いた部屋には城主の無惨な亡骸が転がっている。

少しの沈黙が続いたが、ミケは先ほどの男の行動が気になっていた。
「あの...さっきは何を?」
「にゃ」
男の発言にはてなが浮かんだが、一瞬で察した。
「さっきは何をしてたんですかにゃ...?」
「あー力をね。もらってた」
脱力した状態で答える男にミケは続けた。
「力?」
男は居住まいを正し、腕を前に突き出した。
すると直後、男の腕は鉄のようにな物が覆った。
「スキルだよ。アイツはこの硬化アーマーのスキルを持ってた。だから貰った」

ミケは男の話しを全てを理解したわけではないが感覚的には理解できていた
「スキル...それは生まれつきのもの...ものにゃんですか...?」
男はスキルを解き、身体をほぐすように伸びをした。
「いや、気付いたらこの世界にいたんだ」
察しのいいミケでもまったく理解が追いつかない。怪訝な顔をするミケをよそに男は続けた。
「別の世界から転生してきたんだよ。俺もアイツも」
城主の亡骸に目線を送る男は言い終えると、ゆっくりと立ち上がり、脱ぎ捨てた服を着て立ち去ろうとする。
置いていかれぬようミケも直ぐ様、服を拾い、足早に男を追った。
仮初めの家族窃盗団を頭から振り払って。

歩きながら袖に腕を通し終えたミケは男に尋ねた。
「あの、なんてお呼びすれば...?」

「...アダム」


——————


椅子に座って一考していたアダムは足を組み換え、遠い目をしながら口を開いた。
「なぁ、ミケ。俺は強くなったよな」
「はい」
落ち着いたトーンでミケは答える。

「でもな、足りないんだよ...食べても食べても腹が減って仕方ないんだ...」
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