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第3章 婚姻承諾の儀
03 魂の帰郷
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城に帰ったらもう大変だった。
「ミュゼリアよかったわね」「やるじゃないですかベルクリット団長」「や、やっぱりお前ら」「お、俺狙ってたんだぞミュゼリアさんを」「うわーん、ミュゼにとられたぁ」「式はいつなんだ」「来月産まれるんだって」「めでたいめでたい」
あちこちから祝福の言葉が投げ込まれるが、ベルクリットは顔を赤くして周囲を睨んでいる。そしてミュゼリアは功助の後ろに隠れて顔は真っ赤で頭から湯気がでてそうだった。
「あいつらか」
一足先に帰城した青の騎士団団員がミュゼリアとベルクリットのことを広めたんだなとハンス。
「ま、いいか」
しかしハンスは涼しい顔で先頭を歩く。
それが聞こえてたのかミュゼリアがハンスを睨んだ。
「あ、兄上。は、恥ずかしいんですよ。もうやめてほしい…です」
とますます真っ赤になった。
「畜生めあいつら。覚えてろよ」
とベルクリットは怒り心頭で目を血走らせていた。
「ははは。ベルクよ、適当にしといてやれよ」
と苦笑している。
周囲からのいろいろな視線を耐え忍び功助たちは自室へと戻ってきた。
「つ、疲れましたぁ」
と珍しく部屋の壁際にある椅子に座り両手で顔を覆うミュゼリア。
「コースケ様。申し訳ございません。ほんの、ほんの少しだけ休ませていただけませんか?」
と功助の顔を見て深々と頭を下げるミュゼリア。
功助はミュゼリアに近づくとその頭をポンポンと叩いた。
「少しと言わずゆっくり休んでていいよ。俺のことは気にしなくていいからさ」
「すみません。ありがとうございます。でも、お茶くらいは…」
「いいからいいから」
と立ってお茶の用意をしようとするミュゼリアの手を掴み止めると今度は背中をポンポンと叩いて部屋のドアを開けた。
「ほら、ここじゃ休めないだろ。自室で休むといい。夕食まではまだ時間があるからさ。それまでゆっくり休んでて」
「コースケ様」
と功助を見上げる。
「さ」
「ありがとうございます。私コースケ様の専属侍女になって本当に光栄です」
「ははは。ありがとう。さあ、休んでおいで」
「はい。ではほんの少し休ませていただきます」
とミュゼリアは少しふらつきながら自室へ戻っていった。
一人になった功助はソファーに座ると緑の騎士団の詰所でのミュゼリアとベルクリットのことを思い出していた。
「うれしそうだったな二人とも。ミュゼもベルクリットさんもあんなに顔を赤くして。それにミュゼとハンスさん。いい兄妹だよな」
と思い出し笑いをする。
「ははは」
頭の後ろで手を組みソファーにもたれかかり天井を何気なく見る。
「兄妹か…」
座っていた身体を持ち上げてゴロンとソファーの上に寝転んだ。
「どうしてるかなみんな…」
と天井をじっと見て目を瞑った。
そしていつしか夢ともうつつともつかないような、夢なのか夢じゃないのか、不思議な幻なのかそうではないのか妙な経験をした。
「明日で40日ね…」
台所で食器を洗ってるのは誰?
「そうだね。どこ行っちゃったんだろお兄ちゃん」
テーブルでコーヒーを飲んでる少女は誰?
「ほんま、心配かけやがって」
その向かいで新聞を睨むようにして読んでるのは誰?
’クーン、クーン’
少女の足に飛びつこうとしている犬は?ダックスフントだったか。
「真依、ディーにご飯あげたの?」
「あっ、忘れてた。ごめんごめんディー。今あげるからね」
真依?…は席を立つとディー?…の器にドライフードを入れてやる。
「よしっ」
その言葉を待ってましたとばかりにガツガツポリポリとおいしそうにドライフードを食べる胴長短足のディー。
「ちゃんと噛んで食べるのよディー」
たまにポリポリという音をさせて器に顔を突っ込むディー。
「父さん。てがかりのような記事あった?」
「いやあらへん」
無造作に新聞をたたむと残りのコーヒーを一気に飲み干す父。
「ほんま、どこ行ったんやろなあのアホ息子」
たたんだ新聞を見て溜息をついた。
「ほんまやねえ。どこ行ったんやろな」
口調の変わる真依。
「そうよねえ。今何してるのかしらね」
「ほんとね、何してるんだろうね」
また口調が変わる真依。
「それにしても真依。父さんと母さんに合わせて口調を変えるの辛くないの?」
「へ?大丈夫だよ」
「ほんま真依は器用やな。方言を使い分けて」
「そんなことないで、これが自然にできてるんやから」
どうやら真依は方言を使い分けているようだ。
「で、明日はどうするの?」
食器を洗い終えた母が飲み干したカップを受け取り乳に尋ねた。
「明日か?明日はもっかい功助のマンションの近くで聞き込みしてみるわ」
「それじゃ私はまた功助の会社からマンションまでをあたってみるわ」
「ごめんあたしは明日は忙しくて捜しに行けない」
「いいのよ真依。気にしないでしっかり仕事しなさい」
「そうやな。気にするな」
「うん。でも、ごめん」
真依もコーヒーを飲み終えるとカップを母に渡す。
『そうだ、この家族は俺の……、俺の家族だ…『
コーヒーカップを洗う母、置いた新聞をもう一度手に取る父、テレビをボーッと見る真依、フローリングの床をウロウロと何かを捜しているディー。
『俺はここにいるよ』
大きな声を出しても家族の耳にはとどいていない。
『父さん!母さん!真依!ディーでもいい!気付いてくれ!俺は、俺は…、俺……は…』
さっきより大声を出してもみんなには届かない。
『なんで、なんで聞こえない…。俺はここに……』
俺はここにいると言おうとしたが、違和感を感じた。
『俺、どうしたんだったっけ?』
ディーの頭を撫でる真依。テーブルにつきボーッとテレビを見ている父と母。
『そうだ。今俺はここにいない。そう、異世界にトリップしてしまったんだった』
あの日、あの日功助は仕事から帰ってマンションに着いて自室のドアを開けた。
中に入り室内灯を着けようと壁に手を伸ばした瞬間突然の眩暈が功助を襲う。真っ暗な部屋だというのにあちらこちらから強い光が功助目がけて飛んできた。
その光は白く輝いていた。そして功助の身体を隙間なく包み込んだ。
功助はもがいた、無我夢中でもがいた。だが、思っただけで身体はまったく動かない。
『そうだ、そうしたら身体の力がどんどんなくなって俺は意識を失い倒れたんだ』
そしていつの間にかあの草原に倒れていた。
『そうか…。俺は行方不明になってたのか。父さんも母さんも真依も俺を捜してくれてたんだ。そうか、あれからもう四十日もたつのか』
「父さんか真依、そろそろお風呂入ってちょうだい」
「はーい。お父さん先入っていい?」
「ああ」
「んじゃ先入るわ」
ディーの頭を一撫ですると真依は風呂場に向かった。
「ああ、いいお湯」
肩まで湯につかり目を瞑る。
「あれから四十日か。どこ行ったのお兄ちゃん…」
真依の目から涙が頬を伝う。
バシャバシャと乱暴に湯を救い顔にかける。
「ほんまにもう。兄貴のアホ。心配ばっかさせて!どこ行ったのよまったく!!早く帰って来い!…バカ…兄貴…のアホ」
バシャバシャと何度も何度も顔に湯をかける真依。
「…もう、……帰ってきてよ…、お兄ちゃん」
鼻まで湯につかると激しい泡が。そして目からは涙がとめどなく流れていた。
『真依…』
功助の頬にも涙が流れた。
コンコン
誰かがドアを叩く音に功助は意識を覚醒させた。
「ふぁい」
「ミュゼリアです。入ります」
「ああ。どうじょ。ふわあぁぁぁ」
功助はソファーに寝転んだまま大きなあくびをした。
カチャッ
ドアをあけて入ってきたミュゼリアがソファーで大きなあくびをしている功助を見てクスクス笑っている。
「コースケ様、居眠りされてたんですか?」
「ん?そうみたいだ。知らないうちにちょっと寝てしまってたみたい」
と袖で目を擦るとググッと伸びをする。
「で、ミュゼの方はどうだ?少しはとれたか疲れ」
「はい。もう元気いっぱいです」
と鎖骨の前でグーをするミュゼリア。
「それよりコースケ様。大丈夫ですか?何かあったのですか?」
心配そうに功助を見て驚くミュゼリア。
「ん?いや、特に何もないけど?なんで?」
「コースケ様の頬、涙の跡が……」
「え……」
功助は自分の頬を触ってみる。すると確かにちょっと濡れたようなあとがあった。
「……」
功助は唐突に夢のことを思い出した。
「どうされたんですか?」
「ん…。ああ、居眠りしてた時の夢を思い出してちょっと…な」
「夢ですか?」
「ああ…」
とミュゼリアに顔を向けた。するとその顔を見るとミュゼリアは驚いて目を見張った。
「コ、コースケ様…。ど、どうされたのですか?な、なぜ泣いておられるの…ですか…?」
口に手を当てて功助を凝視するミュゼリア。
「えっ……?」
自分の頬を触ってみるとミュゼリアの言うとおり頬を涙が流れ落ちていた。
「大丈夫ですかコースケ様!」
ミュゼリアは功助の横に座ると少し震えてるその手をやさしく握った。
「ミュゼ…」
「コースケ様。もし、よければその夢のお話お聞かせ願えませんでしょうか」
ミュゼリアの薄紫の瞳がやさしく功助を見つめた。
「夢の中に……。元の……世界の…。俺の家族が出てきた」
「…コースケ様のご家族…」
そして功助はミュゼリアに夢のことを話しした。
「そうですか。妹君のマイ様が」
と言ってミュゼリアは自分の頬に流れる涙を拭う。
「ど、どう考えても意識だけが元の世界に戻って家族のことを見てきたとしか思えない。あまりにもリアルすぎて…、あれが、単なる、夢、だとは思え、ない…」
功助はそこまで言うとそれ以上もう言葉は出てこなかった。代わりに涙がとめどなくとめどなく流れた。
そしてミュゼリアは嗚咽を殺して泣く功助の手を握り背中をやさしく撫でていた。
「ごめん、ミュゼ」
しばらくして落ち着きを取戻した功助は背中を摩っていたミュゼリアに頭を下げた。
「はい?コースケ様。誤っていただくことなど何もないのですが」
と小首を傾げる。
「いや。今日はミュゼにとって記念の日だったのに俺が水をさしてしまった。だからごめんミュゼ」
「いいえ」
と首を横に振る。
「私と兄上のことを見てコースケ様は妹のマイ様を思い出されたのですよね。もし私も兄上と離れ離れになってしまったなら、私も兄上もコースケ様とマイ様のような同じ気持ちになると思います。いえ、なります」
「………」
じっとミュゼリアを見る功助。
「だから気になさらないでください」
とソファーから立ち上がるとペコッと頭を下げる。
「それよりコースケ様の横に座ってしまい申し訳ございません。誰にも言わないでください。特に侍女長に知られたら雷が落ちます。なので内緒ですよ」
と人差指を自分の口に当てるとニコッと笑った。
「ミュゼ」
「はい」
「ありがとう」
「いいえ」
「やっぱりミュゼは最高の侍女だよ。ミュゼが侍女でほんとうによかった。ベルクリットさんがうらやましいよ」
功助が微笑みながらそう言うとミュゼリアの顔はみるみる赤くなった。
「あ、あはは。いえいえ。…でも、ありがとうございます。そう思っていただけて光栄です。でも、やっぱりちょっと恥ずかしいです」
と 掌を頬に当てて身体をもじもじさせていた。
「さ、さあ。ご夕食の時間が近づいてきました。本日は陛下との会食が用意されています。コースケ様、準備いたしましょう」
「ああ。よろしくミュゼ」
「はい」
元気なミュゼの笑顔が俺を癒してくれる。こんなにいい娘の心を射止めるなんて、ほんと、ベルクリットさんは幸せ者だ。功助はそう心から思った。
「ミュゼリアよかったわね」「やるじゃないですかベルクリット団長」「や、やっぱりお前ら」「お、俺狙ってたんだぞミュゼリアさんを」「うわーん、ミュゼにとられたぁ」「式はいつなんだ」「来月産まれるんだって」「めでたいめでたい」
あちこちから祝福の言葉が投げ込まれるが、ベルクリットは顔を赤くして周囲を睨んでいる。そしてミュゼリアは功助の後ろに隠れて顔は真っ赤で頭から湯気がでてそうだった。
「あいつらか」
一足先に帰城した青の騎士団団員がミュゼリアとベルクリットのことを広めたんだなとハンス。
「ま、いいか」
しかしハンスは涼しい顔で先頭を歩く。
それが聞こえてたのかミュゼリアがハンスを睨んだ。
「あ、兄上。は、恥ずかしいんですよ。もうやめてほしい…です」
とますます真っ赤になった。
「畜生めあいつら。覚えてろよ」
とベルクリットは怒り心頭で目を血走らせていた。
「ははは。ベルクよ、適当にしといてやれよ」
と苦笑している。
周囲からのいろいろな視線を耐え忍び功助たちは自室へと戻ってきた。
「つ、疲れましたぁ」
と珍しく部屋の壁際にある椅子に座り両手で顔を覆うミュゼリア。
「コースケ様。申し訳ございません。ほんの、ほんの少しだけ休ませていただけませんか?」
と功助の顔を見て深々と頭を下げるミュゼリア。
功助はミュゼリアに近づくとその頭をポンポンと叩いた。
「少しと言わずゆっくり休んでていいよ。俺のことは気にしなくていいからさ」
「すみません。ありがとうございます。でも、お茶くらいは…」
「いいからいいから」
と立ってお茶の用意をしようとするミュゼリアの手を掴み止めると今度は背中をポンポンと叩いて部屋のドアを開けた。
「ほら、ここじゃ休めないだろ。自室で休むといい。夕食まではまだ時間があるからさ。それまでゆっくり休んでて」
「コースケ様」
と功助を見上げる。
「さ」
「ありがとうございます。私コースケ様の専属侍女になって本当に光栄です」
「ははは。ありがとう。さあ、休んでおいで」
「はい。ではほんの少し休ませていただきます」
とミュゼリアは少しふらつきながら自室へ戻っていった。
一人になった功助はソファーに座ると緑の騎士団の詰所でのミュゼリアとベルクリットのことを思い出していた。
「うれしそうだったな二人とも。ミュゼもベルクリットさんもあんなに顔を赤くして。それにミュゼとハンスさん。いい兄妹だよな」
と思い出し笑いをする。
「ははは」
頭の後ろで手を組みソファーにもたれかかり天井を何気なく見る。
「兄妹か…」
座っていた身体を持ち上げてゴロンとソファーの上に寝転んだ。
「どうしてるかなみんな…」
と天井をじっと見て目を瞑った。
そしていつしか夢ともうつつともつかないような、夢なのか夢じゃないのか、不思議な幻なのかそうではないのか妙な経験をした。
「明日で40日ね…」
台所で食器を洗ってるのは誰?
「そうだね。どこ行っちゃったんだろお兄ちゃん」
テーブルでコーヒーを飲んでる少女は誰?
「ほんま、心配かけやがって」
その向かいで新聞を睨むようにして読んでるのは誰?
’クーン、クーン’
少女の足に飛びつこうとしている犬は?ダックスフントだったか。
「真依、ディーにご飯あげたの?」
「あっ、忘れてた。ごめんごめんディー。今あげるからね」
真依?…は席を立つとディー?…の器にドライフードを入れてやる。
「よしっ」
その言葉を待ってましたとばかりにガツガツポリポリとおいしそうにドライフードを食べる胴長短足のディー。
「ちゃんと噛んで食べるのよディー」
たまにポリポリという音をさせて器に顔を突っ込むディー。
「父さん。てがかりのような記事あった?」
「いやあらへん」
無造作に新聞をたたむと残りのコーヒーを一気に飲み干す父。
「ほんま、どこ行ったんやろなあのアホ息子」
たたんだ新聞を見て溜息をついた。
「ほんまやねえ。どこ行ったんやろな」
口調の変わる真依。
「そうよねえ。今何してるのかしらね」
「ほんとね、何してるんだろうね」
また口調が変わる真依。
「それにしても真依。父さんと母さんに合わせて口調を変えるの辛くないの?」
「へ?大丈夫だよ」
「ほんま真依は器用やな。方言を使い分けて」
「そんなことないで、これが自然にできてるんやから」
どうやら真依は方言を使い分けているようだ。
「で、明日はどうするの?」
食器を洗い終えた母が飲み干したカップを受け取り乳に尋ねた。
「明日か?明日はもっかい功助のマンションの近くで聞き込みしてみるわ」
「それじゃ私はまた功助の会社からマンションまでをあたってみるわ」
「ごめんあたしは明日は忙しくて捜しに行けない」
「いいのよ真依。気にしないでしっかり仕事しなさい」
「そうやな。気にするな」
「うん。でも、ごめん」
真依もコーヒーを飲み終えるとカップを母に渡す。
『そうだ、この家族は俺の……、俺の家族だ…『
コーヒーカップを洗う母、置いた新聞をもう一度手に取る父、テレビをボーッと見る真依、フローリングの床をウロウロと何かを捜しているディー。
『俺はここにいるよ』
大きな声を出しても家族の耳にはとどいていない。
『父さん!母さん!真依!ディーでもいい!気付いてくれ!俺は、俺は…、俺……は…』
さっきより大声を出してもみんなには届かない。
『なんで、なんで聞こえない…。俺はここに……』
俺はここにいると言おうとしたが、違和感を感じた。
『俺、どうしたんだったっけ?』
ディーの頭を撫でる真依。テーブルにつきボーッとテレビを見ている父と母。
『そうだ。今俺はここにいない。そう、異世界にトリップしてしまったんだった』
あの日、あの日功助は仕事から帰ってマンションに着いて自室のドアを開けた。
中に入り室内灯を着けようと壁に手を伸ばした瞬間突然の眩暈が功助を襲う。真っ暗な部屋だというのにあちらこちらから強い光が功助目がけて飛んできた。
その光は白く輝いていた。そして功助の身体を隙間なく包み込んだ。
功助はもがいた、無我夢中でもがいた。だが、思っただけで身体はまったく動かない。
『そうだ、そうしたら身体の力がどんどんなくなって俺は意識を失い倒れたんだ』
そしていつの間にかあの草原に倒れていた。
『そうか…。俺は行方不明になってたのか。父さんも母さんも真依も俺を捜してくれてたんだ。そうか、あれからもう四十日もたつのか』
「父さんか真依、そろそろお風呂入ってちょうだい」
「はーい。お父さん先入っていい?」
「ああ」
「んじゃ先入るわ」
ディーの頭を一撫ですると真依は風呂場に向かった。
「ああ、いいお湯」
肩まで湯につかり目を瞑る。
「あれから四十日か。どこ行ったのお兄ちゃん…」
真依の目から涙が頬を伝う。
バシャバシャと乱暴に湯を救い顔にかける。
「ほんまにもう。兄貴のアホ。心配ばっかさせて!どこ行ったのよまったく!!早く帰って来い!…バカ…兄貴…のアホ」
バシャバシャと何度も何度も顔に湯をかける真依。
「…もう、……帰ってきてよ…、お兄ちゃん」
鼻まで湯につかると激しい泡が。そして目からは涙がとめどなく流れていた。
『真依…』
功助の頬にも涙が流れた。
コンコン
誰かがドアを叩く音に功助は意識を覚醒させた。
「ふぁい」
「ミュゼリアです。入ります」
「ああ。どうじょ。ふわあぁぁぁ」
功助はソファーに寝転んだまま大きなあくびをした。
カチャッ
ドアをあけて入ってきたミュゼリアがソファーで大きなあくびをしている功助を見てクスクス笑っている。
「コースケ様、居眠りされてたんですか?」
「ん?そうみたいだ。知らないうちにちょっと寝てしまってたみたい」
と袖で目を擦るとググッと伸びをする。
「で、ミュゼの方はどうだ?少しはとれたか疲れ」
「はい。もう元気いっぱいです」
と鎖骨の前でグーをするミュゼリア。
「それよりコースケ様。大丈夫ですか?何かあったのですか?」
心配そうに功助を見て驚くミュゼリア。
「ん?いや、特に何もないけど?なんで?」
「コースケ様の頬、涙の跡が……」
「え……」
功助は自分の頬を触ってみる。すると確かにちょっと濡れたようなあとがあった。
「……」
功助は唐突に夢のことを思い出した。
「どうされたんですか?」
「ん…。ああ、居眠りしてた時の夢を思い出してちょっと…な」
「夢ですか?」
「ああ…」
とミュゼリアに顔を向けた。するとその顔を見るとミュゼリアは驚いて目を見張った。
「コ、コースケ様…。ど、どうされたのですか?な、なぜ泣いておられるの…ですか…?」
口に手を当てて功助を凝視するミュゼリア。
「えっ……?」
自分の頬を触ってみるとミュゼリアの言うとおり頬を涙が流れ落ちていた。
「大丈夫ですかコースケ様!」
ミュゼリアは功助の横に座ると少し震えてるその手をやさしく握った。
「ミュゼ…」
「コースケ様。もし、よければその夢のお話お聞かせ願えませんでしょうか」
ミュゼリアの薄紫の瞳がやさしく功助を見つめた。
「夢の中に……。元の……世界の…。俺の家族が出てきた」
「…コースケ様のご家族…」
そして功助はミュゼリアに夢のことを話しした。
「そうですか。妹君のマイ様が」
と言ってミュゼリアは自分の頬に流れる涙を拭う。
「ど、どう考えても意識だけが元の世界に戻って家族のことを見てきたとしか思えない。あまりにもリアルすぎて…、あれが、単なる、夢、だとは思え、ない…」
功助はそこまで言うとそれ以上もう言葉は出てこなかった。代わりに涙がとめどなくとめどなく流れた。
そしてミュゼリアは嗚咽を殺して泣く功助の手を握り背中をやさしく撫でていた。
「ごめん、ミュゼ」
しばらくして落ち着きを取戻した功助は背中を摩っていたミュゼリアに頭を下げた。
「はい?コースケ様。誤っていただくことなど何もないのですが」
と小首を傾げる。
「いや。今日はミュゼにとって記念の日だったのに俺が水をさしてしまった。だからごめんミュゼ」
「いいえ」
と首を横に振る。
「私と兄上のことを見てコースケ様は妹のマイ様を思い出されたのですよね。もし私も兄上と離れ離れになってしまったなら、私も兄上もコースケ様とマイ様のような同じ気持ちになると思います。いえ、なります」
「………」
じっとミュゼリアを見る功助。
「だから気になさらないでください」
とソファーから立ち上がるとペコッと頭を下げる。
「それよりコースケ様の横に座ってしまい申し訳ございません。誰にも言わないでください。特に侍女長に知られたら雷が落ちます。なので内緒ですよ」
と人差指を自分の口に当てるとニコッと笑った。
「ミュゼ」
「はい」
「ありがとう」
「いいえ」
「やっぱりミュゼは最高の侍女だよ。ミュゼが侍女でほんとうによかった。ベルクリットさんがうらやましいよ」
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「あ、あはは。いえいえ。…でも、ありがとうございます。そう思っていただけて光栄です。でも、やっぱりちょっと恥ずかしいです」
と 掌を頬に当てて身体をもじもじさせていた。
「さ、さあ。ご夕食の時間が近づいてきました。本日は陛下との会食が用意されています。コースケ様、準備いたしましょう」
「ああ。よろしくミュゼ」
「はい」
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