異世界人と竜の姫

アデュスタム

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第6章 何故

01 シオンベールの一日

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・・・64日目・・・


  コンコンコン。
「おはようございます」
  ガチャリ。
 見事な竜の彫刻のされた豪奢なドアを開けて入ってきたのはライラ・ミルマーテスだった。押してきたワゴンの上の白いポットからは温かそうな湯気が立ち上っている。
「失礼いたします」
 ここはシオンベールの自室だ。こうしてこの部屋に入ってくることのできる者は多くない。両親である国王と王妃と筆頭家令のバスティーア・ハイデス、そしてシオンベールの幼少期からの世話役、専属侍女で副侍女長のライラ・ミルマーテスだ。
「おはようございますライラ」
「おはようございます姫様」
 寝室から出てきたシオンベールにもう一度朝の挨拶をするライラ。
「すぐに朝食の準備をいたします。今しばらくお待ちください」
 ライラは手慣れた動作でテーブルに朝食を並べていく。
「ありがとうライラ」
 シオンベールは朝食の準備ができるまで自室の窓から外を眺めた。
 シオンベールや国王たちの部屋は白竜城の最上階にある。そしてシオンベールの部屋からは竜帝国領が一望できる
 。あちこちから立ち上る白い煙と、早くからにぎわう市場から聞こえる喧騒、どこからか聞こえるトンテンカンという鍛冶屋の音。人々の営みの息遣いが聞こえるこの光景がシオンベールの大好きな風景だ。
「お待たせいたしました姫様。朝食の準備が整いました」
「はい、ありがとう」
 シオンベールはもう一度街並みを見渡すと朝食の準備のされたテーブルに足を向けた。

 食事を終えおいしいお茶を楽しんでいるとライラが今日の予定を告げる。
「本日の予定ですが。午前中は修学となっております。お昼を採っていただいたあとは庭園でのお茶会となっております。本日のご訪問者はカスター子爵のご令嬢シノーラ様です。そのあとはご足労ですが街に降り孤児院と養老院への慰問となっております」
「わかりました。それで帰城は夕方ころでしょうか?」
「はい。そうなるかと」
 それからしばらくするとシオンベールはライラを伴い修学のために部屋を出て別の部屋に移動した。

 誰もいなくなったシオンベールの部屋の中。
 部屋の片隅にある立派な本棚のその上。
 そこにはゴルフボール程の大きさの黒い球があった。
 その球には『眼』のようなものがほんのりと光っていた。
 その『眼』は今しがたシオンベールと侍女のライラが出て行ったドアを見つめていたが次いで部屋の中をぐるりと見渡した。
 そして数度チカチカと光をまたたかせるとコロコロところがり下からは見えないところまで転がっていくと動かなくなった。

「あっ、コースケ様!」
 午前中の修学を終えたシオンが気晴らしにと庭園に出たところで功助たちとばったり出会った。
 笑顔で功助の元に行くシオンベール。
「ん、ああ、シオン」
 功助もシオンベールの姿を認めると笑顔になりライラを伴いゆっくりと近づいてくるシオンベールを待った。
「これからお昼ですか?」
 小首を傾げるとそのプラチナブロンドの髪がさらりと流れる。
「うん。どこに行こうかなってミュゼと話しててさ」
「はい。そうなんですよ姫様。コースケ様は久しぶりに一食に行こうかっておっしゃられたのでこれから一食に向かうところだったのです」
 とうれしそうなミュゼリア。
「そうなのですか。ねえライラ」
 シオンベールはライラを見るとニコリとほほ笑んだ。
「姫様……。仕方ありませんねえ。ほんとに困ったお方ですこと」
 ライラが小さくため息をつき苦笑した。
 功助とミュゼリアは二人のやり取りを見ていたが何を言っているのかよくわからなかった。
「な、なあシオン。今のやり取りは…?」
「はい。それではコースケ様。私たちも一食にご一緒させていただきます」
 とうれしそうに言う。
「へ?シオンが一食に…?ライラ副侍女長……」
 功助がライラの方を見るとライラは苦笑して肩をすくめた。
「さあ、行きましょうコースケ様」
「あ、うん」
 シオンベールは功助の左腕に自分の腕を絡めると早く行きましょうとその腕を引っ張った。
「ミュゼリア」
「はい、ライラ副侍女長」
「悪いのですが先に行って特別室を確保してきてください。もし確保できなければ普通の個室でもかまいませんので」
「あっ、そうですね。はい、わかりました。ではお先に行ってきます」
 ミュゼリアは功助とシオンベールに軽く一礼すると小走りで一食に向かった。

「私、一食に来るのは久しぶりです」
 とメニューを見てニコニコしているシオンベール。
 ミュゼリアが先行して一食の特別室を抑えたおかげで今四人は一般客とは離れた個室にいる。ここはミュゼリアとベルクリットの婚約承諾の儀のあとで入った同じ部屋だ。
「そうですね姫様。私が覚えている限りでは五年ほど前でしょうか。姫様がどうしてもと陛下におっしゃられて。ふふ」
 その当時のことを思い出したのだろうライラは口元に手を当てるとくすくすと微笑した。
「ふふふ。そうでしたね」
 とシオンベールも微小する。
「へえ、そうなんだ。どんなことがあったんだシオン?」
 二人の微小に功助がシオンを覗き込む。
 シオンベールの右側には功助が、功助の前にミュゼリアその右側にライラ副侍女長が座っている。
「うふふ。たいしたことではないんですが。その頃の私、けっこうお転婆でよく部屋を抜け出したりして城内を探検してたんです。そうしたらとてもおいしそうなにおいがしてきてその出所を探し出したら一食だったのです。それからはもう一食のことが頭から離れなくて。一度行きたいってお母様にお願いしたのですが、そうねえって言われただけでなかなかいいお返事がいただけなかったのです。それどころかライラをはじめ周りの侍従たちが口をそろえてダメだと。ダメと言われるとよけいに行きたくなって」
 苦笑してメニューをめくるシオンベール。
「一番ダメだって言ってたのはやっぱりミーシェスカ侍女長でした」
 くすくす笑うシオンベール。
「あはは。なんかわかるよ」
 功助も苦笑した。
「それでこれじゃ埒が明かないと思いお父様にお願いしたのです。それも思いっきり甘えて。うふふふ。あの時のお父様は一人娘にお願いされてメロメロになってたんですよ」
 とうれしそうに笑うシオンベール。
「へえ。陛下がねえ。でもわかるなそれ。そりゃかわいい愛娘にお願いされたらイチコロだろうな」
 と功助も笑う。
「はい。イチコロでした。うふふ。それでついに一食に連れていってもらえたのです。それもお父様と二人っきりで。とてもおいしかったのをよく覚えてます。でも、そのあと私も連れてって欲しかったってお母様に言われて私とお父様にずーっと愚痴をこぼされてました」
 またメニューをめくりうれしそうなシオンベール。
「あははは。愚痴をずっと言ってる王妃様を容易に想像できるな」
 その一言で四人ともくすくすと笑った。
「私、これにします」
 指さしたのは’スペシャルレディースランチ’だった。
「いいんじゃないか。えーと、パンとスープ、そしてメインがエビフライとチーズハンバーグとクリームコロッケとポテトサラダか。食後にはフルーツ盛り合わせだって。レディースのわりにガッツリとボリュームありそうだなこれ」
「はい。私よく食べるんです。コースケ様との会食でも残さず食べてますよ」
「あ、ああ、そういえばそうだな。いつも残さずきれいに食べてるもんな。とてもおいしそうに食べてるシオンを見てるのも楽しいぞ」
「うふふふ。コースケ様も残されたことないですね。私もいつもコースケ様の食べっぷりを見て楽しいです」
 とほほ笑みあう二人。前に座っているミュゼリアとライラもそれを見てほほ笑んでいる。

「ああ、おいしかった」
 とうれしそうなシオンベール。オーダーしたスペシャルレディースランチを完食しとても満足そうだ。当然少しも残してはいない。
「ごちそうさまっと」
 功助も食後のコーヒーを飲み終えるとシオンベールと目を合わす。そしてニコリとほほ笑み合う二人。
「ほんと、姫様もコースケ様もとてもお幸せそうで私もうれしくなります。ね、ライラ副侍女長」
「そうですね」
 ミュゼリアもライラも楽しそうな二人を見て微笑む。
「さあ姫様。お昼からはシノーラ様とのお茶会でございます。そろそろ参りましょう」
「はい、わかりましたライラ。そのあとは街に降りて慰問でしたね」
「はい。孤児院と養老院に参ります」
 それを聞いた功助が関心する。
「へえ。慰問するのかシオン。孤児院と養老院か」
「はい。だいたい三か月に一度くらいで訪問しています。行くとみなさん喜んでいただいてて私もうれしいです」
「そうだよな。シオン、気を付けてな」
「はい、ありがとうございますコースケ様」

 功助とミュゼリアは一食を出るとそれじゃあなと魔法師隊の訓練に戻って行った。
「姫様」
 訓練に向かう功助をいつまでも見送っていたシオンベールに苦笑しながら声をかけるライラ。
「あっ、はい。ごめんなさいライラ。さあ、行きましょう」
「はい」
 二人は茶会のために庭園に向かった。

 15時を過ぎ、茶会を終えシオンベールは次の予定である城下の町に降り孤児院と養老院の慰問に出かけた。
 馬車にはシオンベールとライラが乗車し馭者は緑の騎士団団員。専属護衛の青の騎士団副団長ハンス・デルフレックと青の騎士団が二人、そして緑の騎士団十数人が周囲を囲みゆっくりと町に降りて行く。
 まずは孤児院に向かう。
 この地域最大の大河アール川を渡り開けた草原の中にその孤児院はある。赤い屋根が特徴のレンガ造りで二階建ての立派な孤児院だ。
 玄関につくと十数人の孤児たちが一列に並びシオンベールに挨拶をする。小さな乳児から大きな子でも十歳ほどの子供たちが全員笑顔でシオンベールを出迎えた。
「みなさん、こんにちは」
 シオンベールが子供たちに笑顔で挨拶をすると全員がパーッと花が咲いたように笑顔になった。
 それから子供たちと話をするシオンベールとその護衛の者たち。なんと緑の騎士団は子供たちと一緒に鬼ごっこをしたり、ハンスは男の子と木刀で騎士ごっこをしている。なんとライラ副侍女長は女の子に編み物を教えている。
 その楽しげに笑う子供たちを見てシオンベールの顔も緩みっぱなしだ。
「姫様」
「うふふ。あっ、はいなんでしょうか院長先生」
 シオンベールの下に高齢のわりにしっかりとした足取りで近づいてきたのはここガブリエル孤児院の院長だ。
「姫様。いつも慰問くださり誠に感謝しております」
 深々と頭を下げる院長。
「気にしないでください。私も子供たちと会えて楽しいですので」
「ありがとうございます姫様」
 院長は柔和な笑顔でシオンベールに頭を下げた。
「また来てね~!」「姫様ぁ~!」「今度は俺が勝つぞ副団長!」「また編み物おしえてくださ~い!」
 子供たちのうれしそうな声に見送られ一行は次の目的地の養老院に向かった。

 次は養老院だ。孤児院からアール川を下流に二十分ほどいったところにあるこちらは青い屋根が特徴の丸太造りの二階建てだ。。
 養老院でもシオンベールは歓迎された。護衛の者たちも老人たちに温かく出迎えられほほ笑んでいる。
ここでは孤児院のように身体を張ったことはせずいろいろと話をするのが恒例となっている。
 庭に咲く花のこと、近所の噂話、昔の武勇伝、孫やひ孫の話や嫁の愚痴、そして先立たれた連れ合いの思い出話。
 話は尽きることはなく、だがみんな笑顔でシオンベールたちと話をし笑っている。
「うふふふ。みなさん楽しそうでほんと私もうれしいです。どうかずっと長生きをしてくださいね」
 シオンベールも笑顔で老人たちに声を届けた。それに答える老人たち。

「お疲れ様です姫様」
 帰りの馬車の中ライラ副侍女長がねぎらいの言葉をかける。
「うふふ。大丈夫ですよライラ。私もとても楽しかったので疲れなんて感じていませんよ」
 ニコリとほほ笑むと馬車の窓から見える白竜城を見た。

「姫様。湯浴びの用意が整いました。報告書を確認されたならどうぞお入りください」
「ありがとうライラ。そうさせていただきます」
 帰城したシオンベールはハンスとライラの書いた今日の報告書に目を通すと湯浴びをするためにシオンベール王女専用の湯殿に向かった。

「ふう。いいお湯だこと」
 肩まで湯につかりため息をつくと両手を上げてググッと伸びをした。形のいい小高い山が水面から頭を出しすぐに沈んだ。
「あらあら、誰もいないとはいえ少しはしたないですよ姫様」
 ライラが微苦笑しながら入ってきた。
「あははっ。ま、まあいいではないですかライラ。ほんとに気持ちいいのですもの」
 少し不服そうに軽装で入ってきたライラを恨めしそうに見るシオンベール。湯のせいなのかはしたない姿を見られたせいなのかはわからないが少し頬が赤くなっている。
「それはそうですが…。コホン。姫様、お背中お流しいたしましょう」
「ええ。お願いします」
 シオンベールはゆっくりと湯船から出るとライラに背中をながしてもらうのだった。

「姫様。お夕食の時間です。そろそろ参りましょう。コースケ様もお待ちですよ」
「はい。もうそんな時間ですか?ほんと時間がたつのは早いですね。それでは行きましょうかライラ」
 入浴も済ませ着替えたシオンベールはライラに伴われ功助の待つであろう食堂に向かった。

  コロコロ。
再び本棚の上で何かが転がる音がした。あのゴルフボールほどの大きさの黒い球だ。その球はさっきまで本棚の上からくつろぐシオンベールを視ていた。シオンベールが部屋から出ていくと下からは見えない所までコロコロと転がっていきまた動かなくなった。

 功助との楽しい食事が終わり部屋に戻ってきたシオンベールは豪華なソファーでくつろいでいる。ライラが快く眠れるようにと香りのよいハーブティーを淹れそれを楽しむように飲むシオンベール。
「本日もお疲れ様でした姫様」
「ありがとうライラ。今日は楽しかったです。孤児院で子供たちと遊び養老院でもたくさん話をしました」
「それはよございました。でも一番楽しかったのはコースケ様とのお食事ではなかったのですか?今日は二度もご一緒できましたもの」
 ライラが珍しくシオンベールをからかう。
「あ、い、あの……」
 顔を赤くしたシオンベールを見て微笑むライラ。
「うふふふふ。申し訳ございません。でもコースケ様はとても素敵なお方だと私も思います」
 と軽く頭を下げるとほほ笑むライラ。
「も、もうライラ…。そ、そうですね、コースケ様はとても素敵なお方です」
 顔を赤くしてうれしそうなシオンベール。
「はい」
 その笑顔を見ていつまでもこのままでありますようにと願うライラだった。
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