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02 火の玉が見える……!
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何事もなくオリスメイへの旅は順調だった。だが、四日目の夜、それは起こった。
「おうヤッさん、小便か?」
夜の見張りをしているリュウトが白杖を持たずにテントから出てきた康人に声をかけた。
「ああ、いや。なんか寝られなくてな」
そういいながらたき火の前に座っているリュウトに近づく。
「あ、そこに薪が……」
目の見えない康人に躓くと危ないと薪があることを教えようとしたが康人はその言葉の前に薪を迂回してリュウトの横までたどり着いた。
「ほんとに見えてないのかヤッさん」
苦笑するリュウト。
「ああ、見えてないぞ。薪があることは寝るまえからわかってたしな」
「ほお。目が見えないといろんなことを覚えてるもんなんだな」
「はは。まあな」
康人はリュウトの横に座るとたき火の方に顔を向けて小さくため息をついた。
「どうしたんだヤッさん?」
「ん?ああ。ふと思うんだ、俺元の世界に還れるのかって」
「……不安…だよなぁ。たった一人で見知らぬ世界に来てしまったんだしな。それに周りの様子が見えないときてる。俺なら発狂もんだ。すごいよヤッさんは」
「おいおいリュウト」
苦笑する康人。
「オリスメイに行けば何かわかるかもしれないぞ。オリスメイにはでっかい図書館があるからな。もしかしたらヤッさんのような異世界から来たヤツのこともわかるかもしれない」
「そうか。図書館か。……手伝ってくれるか?」
「ああ、当たり前だ、任せときな。ヤッさんの目になってやるさ。俺だけじゃない、シーディアもビルも同じ気持ちだぞ」
と微笑む。
「ありがとうリュウト。出会ったのがリュウトたちでよかったよ」
何度も瞬きをする康人。
「ははは。それよりヤッさんさ、寝てる時サングラスしてなかったよな。なんで今かけてるんだ?」
「あ、ああ。癖だなやっぱり。起きたらサングラスをかける癖がついてて。夜なんて別にかけなくてもいいんだがな」
「ははは。へんな癖だなそれ」
苦笑するリュウト。康人も苦笑した。
楽しく雑談しながら火の番をしていたがふと会話が途絶えたその時。
康人がふいに顔を上げた。
「どうしたヤッさん?」
「今なんか音がした。近くじゃないけどそんなに遠くもない。草を踏みしめるような……音がした……かも」
「そうなのか。夜行性の動物かそれとも獣か?しかし俺には何も聞こえないが。さすが盲目だと耳がいいんだな」
とリュウト。
「そんなこともないと思うけどな」
そして康人が何気なくサングラスをはずし目元を袖で拭こうとした時。
康人が驚いたように声をあげた。
「な、なんだこれは!前の方に火が……真っ赤に燃える火の玉が見えるぞ……!」
「火?!どこだ!」
あわてて立ち上がり康人の視線の先を見る。だが、暗い闇が広がっているだけで火どころか光さえ見えない。ただ深い森があるだけだった。
「何も燃えてないぞヤッさん。それにヤッさん、目が見えねえんだろ、なんで火が見えたんだ?錯覚じゃないのか」
「いや、違う、確かに火が見えるんだ。なんか不気味で虫唾が走るような火……。前の方で四つ見えてる。あっ!左右に拡がった……。な、なんなんだこれ!」
右手にサングラスを持ったまま少し動転する康人。
「火が拡がった……?」
警戒するリュウト。だがまだ彼には康人のいうことがわからない。
「どんどん近づいてくる。なんなんだこれ?」
「あっ!気配を感じたぞ。それも殺気だ数はわからないが……50メムほどか……」
そう言うとリュウトは近くに立てかけてあった剣を持ち周囲を警戒する。
「ヤッさん、今から大きな音がするから覚悟してくれ!」
そして懐から何かを取り出すと地面に向けて投げつけた。
バーン!
けっこう大きな音がしたがそれだけだ。何が起こったのかと康人は身を固くした。
大きな音がしてすぐにテントからシーディアとビルが飛んで出てきた。
「どうしたのリュウト!」
「何があった兄貴!」
さっきのはどうやら二人を起こす緊急時の物だったようだ。
「あっ!シーちゃんとビル……」
テントから出てきた二人の方に顔を向けた康人は再び驚いた。
「な、なんだ!青白い火の玉……」
そう、シーディアとビルの胸あたりに青白い火の玉が浮かんでいたのだった。
「おう、シーディア、ビル。森の奥から何かが来る。強い殺気を感じる。気を付けろ!」
「わかった!」
「両かい!」
真剣な声で答える二人。
「シーディア、ヤッさんを!」
「了解。ヤッさん。ここは危ないからテントに戻ってて」
たき火の前で立ちすくむ康人の手を取りテントに向かいかけたが康人は暗い森を見て叫んだ。
「左の方から赤い火が一つこっちに向かってくる!」
「なんだと!」
リュウトが左を見ると森の奥で木の間で動く物を見つけた。
「オークだ!」
オークとは魔物の一種で容姿は二足歩行する豚のような魔物だ。人のように数体で連携し獲物をとらえる。剣や槍を扱い奇襲もかけてくる魔物としては頭のよい種族だ。
「右からも来る、こっちも一つ!そして前からは二つだ!たぶん正面は左右より少し遅れて出てくると思う。そうだな、3秒ほど時間差をつけて飛び出してくるぞ!」
康人は驚いていた。なぜ火の玉が見えるのか、なんで火の玉が襲ってくることがわかるのか、そして襲ってくるタイミングまでわかるのかと。だが今はそれを考えてる場合じゃないと一つ息を吐いた。
「何を言ってるのヤッさん?」
困惑するシーディア。だがリュウトが落ち着いた声で言う。
「ヤッさんのいうとおりに対処してみよう!シーディアは正面!ビルは右だ!」
「えっ?いいの?」
「ああ。なんかそんな気がする」
「そう。うん、わかった」
シーディアは康人の手を離すと正面に向けて両の手を伸ばす。そしてその手の先が水色に光った。
「よっしゃ!」
ビルは右側に向けて弓を構える。
「ちょっとおいリュウト」
と少しあわてる康人。
「なんだヤッさん?」
「なんでシーちゃんが正面なんだ?前からは二つ来るんだぞ!」
「ん?ああ、大丈夫、安心してくれヤッさん。実をいうとな、シーディアは俺たちより強いんだ。なんせ魔法のレベルはSなんだからな。俺かビルが正面の二体を相手にするよりシーディアが一人で相手した方が確実なんだ」
と苦笑しながら胸を張るリュウト。
「へ?そうだったのか。シーちゃん凄いんだな」
と青白い火の玉を揺らしているシーディアに顔を向ける康人。
「うふふ。ヤッさん、あたしを怒らせないでね」
と微小するシーディア。
「あ、あはは。はい」
康人は苦笑した。
「来るぞ!」
康人が真剣な表情になった。
「出てくるぞ!左!一秒後に右!」
康人の言うとおり左側から一体のオークが出てきた。その手にはさび付いているが両刃の大剣が握られ大きく振りかぶりながらリュウトに向かって飛んできた。
「ブヒェェェェェ!」
大剣を振り下ろすが大振り過ぎてリュウトには効かない。
「おわりゃあああ!」
リュウトは大剣を軽やかに避けるとオークの間合いに入ると手にした剣を横一線。オークの胴体を真っ二つにした。
「あっ、消えた…」
康人はその瞬間に真っ赤な火の玉が消えたことに気づいた。
「くらえ!」
左側のオークが現れて一秒後。右側からオークが現れた。ビルはあわてることなくたった一本の弓を射る。それは一直線にオークの額に突き刺さるとその頭部を爆裂させた。その矢には魔法が付与されており命中すると爆発するのだった。
「こっちも消えた……」
そして二体のオークが倒れたのと同時に正面から二体のオークが現れた。だが正面にいるのは四つの属性の魔法を使えるシーディアだ。
「くたばりなさい!そして砕けなさい!フリーズショット!」
木の影から出てきたオークにシーディアの手の先から放たれた極寒の魔力の弾が命中する。二体のオークはまったく何もできず瞬く間にその身体を凍結させた。そして頭の先からガラガラと崩れた。
「また…消えた……」
立ちすくむ康人。
「大丈夫かみんな」
リュウトが周囲を警戒しながら声をかける。
「問題ないよリュウト」
「こっちもまったく問題ないぞ兄貴」
「そうか。周囲にも何の気配もないし、もう大丈夫だろう」
リュウトはそう言いながら剣を鞘に収めるとたき火の前で立ちすくんでいる康人に近づいた。
「ヤッさん、大丈夫か?」
「あ、ああ、うん。大丈夫、なんともない……。でも、なんなんだろう」
近づいてくるリュウトの胸あたりにある青白い火の玉を見つめる康人。
「ねえヤッさん。えと、何を…っていうか、何から聞いたらいいのかな。えと……、どうしたの?」
「そうだな。ヤッさん?」
シーディアもビルも不思議そうに康人を見ていた。
「……というわけだ。なんかわかるかシーちゃん」
尋ねられたシーディアは人差し指を顎先に当てると深くため息をついた。
「ふぅ。はっきり言ってわからないわよヤッさん。その見えたっていう火の玉だけどさ、そんな話聞いたことないわ」
そして推測だけどねと言って話を続ける。
「おそらくそのヤッさんに見えた火の玉だけど、素直に解釈すれば、命とか、魂の火なのかも」
「魂の火?」
康人だけではなくリュウトもビルもシーディアを見る。
「うん。オークが絶命したとたん消えたんでしょ火の玉。なら、そうかもしれないなって。それにあたしたちのも見えたんでしょ?確か青白い火の弾って言ってたわよね」
「ああ、そうだよ。青白かった。オークの火の玉はなんか虫唾が走るような嫌な感じがしたけどシーちゃんたちの火はとても暖かそうに感じた」
「そう……。でも今はその火は見えてないのよね」
「あ、うん。なんでだろうな。なんでさっきは見えたんだろう……」
サングラスを人差し指でクイッとあげると少ししかめっ面になる康人。
「まあ、いいじゃないかヤッさん。今はあまり考えないでおこうか。それよりまだ日の出までには時間がある。それまで休んでてくれ」
「兄貴のいうとおりだぞヤッさん。さあ、テントに行って休んでてくれ。兄貴も姉さんも。見張りは俺がするからさ」
「そうか、すまんなビル」
「ありがとビル」
「わかった。休ませてもらうよ」
康人はシーディアの肩につかまりリュウトに続いてテントに向かったのだった。
「ほぉ、昨夜そんなことがあったんですか。知りませんでした」
ゆったりと座り流れゆく景色を馬車の窓から見ていたオッティーが言った。
「でもオッティーさん、よくあのうるさい中、寝てましたね」
その横で座っている康人が苦笑しながらそう言った。
「あはは。面目ない。でも、あの三人だから警戒することなく寝ていられたのだと思いますよ」
「まあ、そうでしょうね」
再び苦笑する康人。
「それでヤッさん、その火の玉みたいな魂の火ですけど、私のも見えます?」
「いや、それが見えないんですよ。なぜかわからないけど。昨夜は確かに見えたんですがね」
腕を組み首を傾げる康人。
「そうですか。気になりますねえ……」
そんな話をしていると馭者をしているシーディアから声がかかった。
「オッティーさん、そろそろお昼にしましょうか。そこに広場があるので」
「ん?もうそんな時間ですか?そうですねわかりました。ではそうしましょう。お願いします」
それからほどなくして馬たちにも水と餌を与え四人は昼食を採った。
「いやあ、今日もいい天気だねえ」
真っ青な空にはほんの少しだけ白い雲が浮かんでいる。
「なあ今の季節はいつ頃なんだ?」
箸で野菜スープから具を口に運び康人が尋ねた。
「今は春の終わりころだな。あと一月もすれば熱い夏がやってくるぞ。あっついぞぉ」
と言いながら肉をほおばるリュウト。
「そうなんだ。ということは、今は5月か6月くらいか」
「そうだよヤッさん。今日は5月の28日だよ。あと2日で6月」
とこっちも大きな肉にかぶりつきながらビルが答えてくれた。
「そうか。あと2日で6月か……」
箸を持ったまま見えない目で宙をボーッと見る康人。
「……どうしたのヤッさん?」
行儀よくナイフで切り分けた肉を食べているシーディアが尋ねた。
「へ?あ、うん。来月……、6月は……、孫の2歳の誕生日があるんだよ。……祝ってやりたかった」
「そう……なんだ……。ねえヤッさん」
「ん?」
「お孫さんの名前はなんて言うの?」
「名前か?結衣っていうんだ。娘たち夫婦で悩んで悩んで決めたんだよ」
微小する康人。
「へえ、そうなんだ。ユイちゃんか。ヤッさん……、還れるといいね」
「あ、うん。ありがとシーちゃん」
そして昼食も終え一行はオリスメイに向かい出発した。
そしてその夜。
「あらヤッさん、トイレ?」
夜中またあまり眠れずにテントの外に出てきた康人。火の番と見張りをしているシーディアが声をかけた。
「あ、いや、また眠れなくてさ。シーちゃんが見張りだしちょっと話をしにきた」
苦笑してシーディアの近くまでくるとパチパチとはぜる音のするたき火に顔を向けた。
「あらそうなんだ、うれしい。それじゃここどうぞ」
シーディアは自分の横をトントンと叩いた。
「ありがとう」
よっこらしょっと言いながらシーディアの横に座るとくすくすと笑いがした。
「なんだよシーちゃん」
「ふふふ、やっぱりヤッさんはおっさんなんだなあって。あはは」
「おいおい。ま、まあそうだけどさ」
苦笑する康人。
「でもヤッさんって若く見えるわよね。よく言われない?」
「あ、うん。まあ。こないだも40過ぎでしょって患者さんに言われたよ。ありがとうございますって言っといた。ははは」
「患者さん?ああそうか、ヤッさん治癒術師だったわよね」
「まあ、当たらずとも遠からずだな。こっちの世界じゃどうかわからないけど、元の世界じゃ医療界はいろんな分野に分かれてるんだよ。頂点は医者、医師だな。医師は医学に関してはどんなことでもできる。そしてその下には技師やら薬剤師やらたくさんいる。それと看護師とか。まあ俺たちマッサージ師ってのは医療界じゃ下の下の方だよ」
「ふーん。そうなんだ。こっちの世界じゃ医療を行う者すべて治癒術師っていうのよ。癒しの光属性を持つ者は治癒術師として登録しなきゃいけないの。あたしも光属性持ってるから治癒術師の一人なの」
とドヤ顔のシーディア。
「そうなんだ。なあシーちゃん、その魔法で治癒させるってどうやって治すんだ?」
「どうって?」
小首を傾げるシーディア。
「えと、例えばだな、手をなんか刃物とかで切ってケガしたとして、その傷をどうやって治すのかとか、骨が折れたらどうやったらくっつくのかとか」
「うーん。目で見てわかるケガならその傷に癒しの光を充てれば治るよ。骨とかもどこが折れてるのかわかったらそこに目がけて癒しの光を充てるわね。でも、内臓とかが損傷してたら外から見てもどこなのかわからないから全体に光を充てるのよね。でもこっちはけっこう魔力使うから高い治療費もらうことになるの」
「そうなんだ。それじゃ内臓でも具体的な場所がわかれば治しやすいのか?」
「そうね、そうなるわね。でもそんなに身体の中身のこと知ってる人はあまりいないと思うよ」
「そうなんだ。ということは光属性の魔法を使える人でも医学的なことをよく知ってるわけじゃないんだな?」
「そうね。心臓が左側にあるとか胃から小腸に続いて大腸になるとか治癒術師が知っておかないといけない基本的なことはわかるけど、専門的なことはそれ相応の知識がある人にしかわからないと思うわよ」
そうなのかと相槌を打ちながらいろいろと医学についての話をする康人とシーディア。
「へえ。いろいろ勉強になったよありがとう。でもシーちゃんってすごいよな。光だけじゃなく他にもたくさん魔法使えてさ。モテモテだったんじゃないか?」
「うーん、まあ、そうなんだけど……。今はリュウトに出会えて落ち着いたけど、それまでなんかうちのパーティーにとかぜひうちにとか、とにかく勧誘され続けてさ、最後には服従の毒薬飲まされそうになったのよ。まあ、複数の属性持ってる魔法師なんてそうはいないから。でも薬で従わせようだなんてさ、あたし、キレちゃってさ」
えへへと笑うと下をペロッと出した。
「そっか、そんなことが……ってキレちゃったってねえ。なんかその薬飲ませようとした奴のその後が容易に想像できるな」
康人もはははと笑った。
「あはははは。やっぱりわかる?わよねえ」
苦笑するシーディア。
「ところでシーちゃんたちの歳はいくつなんだ?声からするとかなり若く感じるんだが。二十歳そこそこか?あっ、女性に歳を聞くのはダメだったか、すまん」
「うふふふ。いいわよ歳ぐらい。二十歳くらいって言ってくれてありがとヤッさん。あたしは25、ビルは22。りゅうとは26歳よ」
「やっぱり若いんだ。俺の半分だ、娘と息子だな。ははは」
楽しく雑談をしている二人。火の勢いが弱くなったのでシーディアが薪を取りに行って康人の傍を離れたその時。康人はふと何かが聞こえたような気がした。
「なんだ?」
サングラスをはずし耳をすませその何かの音に集中する。すると突然目の前に、あの虫唾が走るような真っ赤な火の玉が見えた。
「シーちゃん!火だ、またあの火の玉が、魂の火の玉が見えた!」
「えっ?火の玉が!ヤッさんほんと?!どこ!」
シーディアはあわてて康人の横に戻ると周囲を見渡す。
「わからないわねえ。あたしにはまだ見えない。ヤッさん、どっちの方?数はわかる?」
「あっちだ。数は……、10」
「10?!」
康人が指さした方を注視するとかなり向こうの方で何かが動く気配が見えた。
「なんかいるわね。ちょっと探ってみるね」
シーディアは掌を康人の指さした方に向ける。するとその掌の中から風が勢いよく放たれた。
「なんかビューって風が出た音がしてるぞシーちゃん。何したんだ?」
「風属性の一つ、探査の風を飛ばしたの。これで相手が何者なのかを向こうに悟られないで知ることができるのよ」
「便利だな」
「便利でしょ」
そう話しをしていると放たれた風からの情報が戻ってきた。
「ゴブリンみたいね。ヤッさんの見えたとおり10体のゴブリンが近づいてきてる」
「リュウトたちを起こしてこようか?」
「ううん。あれくらいの数ならあたし一人で充分。ヤッさん、ゴブリンの魂の火の玉まだ見えてる?」
「ああ。とても醜悪な火の玉が見えてる」
「わかった。それじゃちょっと検証しながら討伐してみよっか」
「へ?検証?」
「ヤッさんのその能力の特徴と発生の仕組みを検証するのよ」
「なんだこの状況は?」
日の出とともに起きてきたリュウトが周囲の奇妙なありさまに唖然となった。
「おはよう兄貴」
ビルは驚くリュウトに苦笑する。
「ビル。ゴブリンだなこれ。襲ってきたのか?」
「夜中に見張りの後退で出てきたらすでにこの状態でさ。どうやら姉さんが片付けたみたいだ。でも、ヤッさんも座り込んでてさ、なんか燃え尽きてた」
「なんだそりゃ?」
リュウトは今出てきたテントを振り向いた。中ではすやすやと康人とシーディアが眠っていたのを見ていた。
「でも寝てる時には何も聞こえなかったぞ。これだけ暴れてたら聞こえてるはずなんだが」
再び周囲の惨状を見渡すリュウト。
「なんか姉さんが防音の決壊張ったって言ってた」
「そうか。で?」
「詳しい話はまだ聞いてないけど、どうやらヤッさんの相手の魂の火が見える発動条件を検証してたらしい」
「ふーん。ま、起きてきたら話を聞くか。さあビル、とりあえず朝飯の準備するぞ」
「で?」
リュウトがモソモソと朝食を採っている康人に尋ねた。
「……へ?……」
「なんかボーッとしてるなヤッさん。まだ頭が起きてないか。それじゃシーディア」
「何?」
「何って、この惨状を目の前にして尋ねたいことくらいわかるだろ」
とため息をつくリュウト。
「あはは、そうだよね。まあ、ビルから聞いてるだろうけどヤッさんの能力がどうやったら発動するのかゴブリン相手に検証してた」
「それで?発動条件はわかったのか?」
「うん、だいたいね。でも今のところはだけどね。もっと検証していかないとはっきり結論付けられないけど」
シーディアはモソモソと食事をしている康人をチラッと見ると説明を始めた。
「ヤッさんの能力の発動のスイッチは今のところサングラスをはずすことみたい。はずしてる間はずっと視えてる」
ふむふむとリュウトはシーディアの話に頷く。
「そしてサングラスをかけると見えなくなる。布や手とかお鍋とかで覆っても見えるし目を瞑っても見える。サングラスをかけてなければ見えるみたい」
リュウトはそういえばオークの時もサングラスをかけていなかったなと思い出す。
「でもサングラスの脱着だけじゃないんじゃないかと思うの」
「どういうことだ?」
シーディアを見つめるリュウト。
「それがね、襲ってきたゴブリンをほぼ一掃して一息ついてる時にはその能力が出なかったのよ。あたしの魂の炎も見えなくなってたんだって」
「そうなのか」
「うん。でもね、あたし、遠くの方で横切って行ったゴブリンが見えたのよね。でもヤッさんはそのゴブリンの魂の火はわからなかったんだって」
「どういうことだ?」
まだもそもそと食事をしている康人をチラッと見るリュウトとシーディア。
「さあ、なぜなのかはまだわからないわ。まだ検証が必要だと思うわ」
とシーディアは再び康人を見た。
「それでね、話をもどすけど。その魂の火はゴブリンが元気な時には強く燃えて弱っていくとともに火の勢いは小さくなってその色も薄くなっていくみたい。そして死ぬとその火は消える」
そう説明するとリュウトを見た。
「そうか。使えそうか?」
「たぶん。でもかなり疲れるみたい」
とボーッとしている康人を見る。すると康人はシーディアの方に顔を向けるとボソッと言った。
「……昨夜はスパルタでかなり疲れた。昨日のオークの時は昨夜みたいにはあまり疲れなかったけどな。シーちゃんの集中して!とか100から7を引きながらゴブリン見て!とか、地面に転がってる石を数えながら拾って見てとか、集中しないでとか。ほんと疲れたぞ俺」
と言いながらズズッとお茶を飲む康人。
「それに、検証するからと半分死んでるゴブリンを治癒魔法で治してさ、また攻撃して、死にそうになったらまた回復させて……。俺、ゴブリンに同情してしまったぞ。あはは」
その時のことを思い出したのか肩を竦める康人。
「あはは。そんなこともあったかなあ。あはは。でも、もうひとつわかったことがあったわよ。相手が目の前にいるときにはその魂の火が人の型に見えるんだってさ。ねえヤッさん」
「ああ。ゴブリンがよたよたと俺の目の前まで来た時にさそのゴブリンの魂の火がゴブリンの形に見えたんだ。大きな頭に細い手足、胴体は少し腹が出てるように見えた。それでさ、そのゴブリンの左腕の肘あたりから先がなかったんだ。あとでシーちゃんに効いたらそのゴブリンの腕が肘あたりで半分ちぎれかけてたらしい」
また肩をすくめる康人。今度は少し怖がってるようだった。
「そうなのか。近づいてみればそいつがどこをケガしてるのかわかるってことか?」
とリュウト。
「たぶん」
と康人。
「でも大変だったんですねえヤッさん」
とオッティーが楽しそうに康人を見た。
「オッティーさん……。はあ……」
肩を落とす康人。
「ははは。でもヤッさん、わかってよかったじゃないか。これで悩まずにすむし」
とビル。
「まあ、そうなんだけどな」
苦笑する康人。
「それでねリュウト」
「なんだシーディア」
「ヤッさんのこの能力、なんて呼べばいいと思う?こんな能力見たことも聞いたこともないもの。ヤッさん固有のものみたいだし、名前がないと不便だしさ」
「ん?そうだな……。まあ、心眼っていうのか、そんなんでいいんじゃないか。なあビル?」
「俺に振らないでくれよ兄貴。でも心眼でいいんじゃないか。まさに心の目で見てるんだしさ。なあ姉さん」
「そうね。でもやっぱり一捻りほしいわねえ」
「そうですね。私も一捻り欲しいかなと思いますよ」
とオッティー。
「うーむ。……それなら炎心眼ってのはどうだ?
とリュウト。
「炎心眼……?」
とシーディアたちがリュウトを見つめる。
「ああ。魂の炎が見えるんだろ。心眼で炎が見えるから炎心眼だ。どうだ?」
「いいんじゃない」
とシーディア。
「俺もいいと思うぞ」
とビル。
「まさにヤッさんの能力に合ってるんじゃないでしょうか」
とオッティー。
「よし。ということで決まりだな。ヤッさん」
「うん?」
「ヤッさんのその能力は炎心眼って名前に決まりだ。いいよな」
「ま、まあ、いいんじゃないか。もっと中2みたいだったらどうしようかと思ったけど、まあ、炎心眼でいいと思う」
少し苦笑する康人だった。
「おうヤッさん、小便か?」
夜の見張りをしているリュウトが白杖を持たずにテントから出てきた康人に声をかけた。
「ああ、いや。なんか寝られなくてな」
そういいながらたき火の前に座っているリュウトに近づく。
「あ、そこに薪が……」
目の見えない康人に躓くと危ないと薪があることを教えようとしたが康人はその言葉の前に薪を迂回してリュウトの横までたどり着いた。
「ほんとに見えてないのかヤッさん」
苦笑するリュウト。
「ああ、見えてないぞ。薪があることは寝るまえからわかってたしな」
「ほお。目が見えないといろんなことを覚えてるもんなんだな」
「はは。まあな」
康人はリュウトの横に座るとたき火の方に顔を向けて小さくため息をついた。
「どうしたんだヤッさん?」
「ん?ああ。ふと思うんだ、俺元の世界に還れるのかって」
「……不安…だよなぁ。たった一人で見知らぬ世界に来てしまったんだしな。それに周りの様子が見えないときてる。俺なら発狂もんだ。すごいよヤッさんは」
「おいおいリュウト」
苦笑する康人。
「オリスメイに行けば何かわかるかもしれないぞ。オリスメイにはでっかい図書館があるからな。もしかしたらヤッさんのような異世界から来たヤツのこともわかるかもしれない」
「そうか。図書館か。……手伝ってくれるか?」
「ああ、当たり前だ、任せときな。ヤッさんの目になってやるさ。俺だけじゃない、シーディアもビルも同じ気持ちだぞ」
と微笑む。
「ありがとうリュウト。出会ったのがリュウトたちでよかったよ」
何度も瞬きをする康人。
「ははは。それよりヤッさんさ、寝てる時サングラスしてなかったよな。なんで今かけてるんだ?」
「あ、ああ。癖だなやっぱり。起きたらサングラスをかける癖がついてて。夜なんて別にかけなくてもいいんだがな」
「ははは。へんな癖だなそれ」
苦笑するリュウト。康人も苦笑した。
楽しく雑談しながら火の番をしていたがふと会話が途絶えたその時。
康人がふいに顔を上げた。
「どうしたヤッさん?」
「今なんか音がした。近くじゃないけどそんなに遠くもない。草を踏みしめるような……音がした……かも」
「そうなのか。夜行性の動物かそれとも獣か?しかし俺には何も聞こえないが。さすが盲目だと耳がいいんだな」
とリュウト。
「そんなこともないと思うけどな」
そして康人が何気なくサングラスをはずし目元を袖で拭こうとした時。
康人が驚いたように声をあげた。
「な、なんだこれは!前の方に火が……真っ赤に燃える火の玉が見えるぞ……!」
「火?!どこだ!」
あわてて立ち上がり康人の視線の先を見る。だが、暗い闇が広がっているだけで火どころか光さえ見えない。ただ深い森があるだけだった。
「何も燃えてないぞヤッさん。それにヤッさん、目が見えねえんだろ、なんで火が見えたんだ?錯覚じゃないのか」
「いや、違う、確かに火が見えるんだ。なんか不気味で虫唾が走るような火……。前の方で四つ見えてる。あっ!左右に拡がった……。な、なんなんだこれ!」
右手にサングラスを持ったまま少し動転する康人。
「火が拡がった……?」
警戒するリュウト。だがまだ彼には康人のいうことがわからない。
「どんどん近づいてくる。なんなんだこれ?」
「あっ!気配を感じたぞ。それも殺気だ数はわからないが……50メムほどか……」
そう言うとリュウトは近くに立てかけてあった剣を持ち周囲を警戒する。
「ヤッさん、今から大きな音がするから覚悟してくれ!」
そして懐から何かを取り出すと地面に向けて投げつけた。
バーン!
けっこう大きな音がしたがそれだけだ。何が起こったのかと康人は身を固くした。
大きな音がしてすぐにテントからシーディアとビルが飛んで出てきた。
「どうしたのリュウト!」
「何があった兄貴!」
さっきのはどうやら二人を起こす緊急時の物だったようだ。
「あっ!シーちゃんとビル……」
テントから出てきた二人の方に顔を向けた康人は再び驚いた。
「な、なんだ!青白い火の玉……」
そう、シーディアとビルの胸あたりに青白い火の玉が浮かんでいたのだった。
「おう、シーディア、ビル。森の奥から何かが来る。強い殺気を感じる。気を付けろ!」
「わかった!」
「両かい!」
真剣な声で答える二人。
「シーディア、ヤッさんを!」
「了解。ヤッさん。ここは危ないからテントに戻ってて」
たき火の前で立ちすくむ康人の手を取りテントに向かいかけたが康人は暗い森を見て叫んだ。
「左の方から赤い火が一つこっちに向かってくる!」
「なんだと!」
リュウトが左を見ると森の奥で木の間で動く物を見つけた。
「オークだ!」
オークとは魔物の一種で容姿は二足歩行する豚のような魔物だ。人のように数体で連携し獲物をとらえる。剣や槍を扱い奇襲もかけてくる魔物としては頭のよい種族だ。
「右からも来る、こっちも一つ!そして前からは二つだ!たぶん正面は左右より少し遅れて出てくると思う。そうだな、3秒ほど時間差をつけて飛び出してくるぞ!」
康人は驚いていた。なぜ火の玉が見えるのか、なんで火の玉が襲ってくることがわかるのか、そして襲ってくるタイミングまでわかるのかと。だが今はそれを考えてる場合じゃないと一つ息を吐いた。
「何を言ってるのヤッさん?」
困惑するシーディア。だがリュウトが落ち着いた声で言う。
「ヤッさんのいうとおりに対処してみよう!シーディアは正面!ビルは右だ!」
「えっ?いいの?」
「ああ。なんかそんな気がする」
「そう。うん、わかった」
シーディアは康人の手を離すと正面に向けて両の手を伸ばす。そしてその手の先が水色に光った。
「よっしゃ!」
ビルは右側に向けて弓を構える。
「ちょっとおいリュウト」
と少しあわてる康人。
「なんだヤッさん?」
「なんでシーちゃんが正面なんだ?前からは二つ来るんだぞ!」
「ん?ああ、大丈夫、安心してくれヤッさん。実をいうとな、シーディアは俺たちより強いんだ。なんせ魔法のレベルはSなんだからな。俺かビルが正面の二体を相手にするよりシーディアが一人で相手した方が確実なんだ」
と苦笑しながら胸を張るリュウト。
「へ?そうだったのか。シーちゃん凄いんだな」
と青白い火の玉を揺らしているシーディアに顔を向ける康人。
「うふふ。ヤッさん、あたしを怒らせないでね」
と微小するシーディア。
「あ、あはは。はい」
康人は苦笑した。
「来るぞ!」
康人が真剣な表情になった。
「出てくるぞ!左!一秒後に右!」
康人の言うとおり左側から一体のオークが出てきた。その手にはさび付いているが両刃の大剣が握られ大きく振りかぶりながらリュウトに向かって飛んできた。
「ブヒェェェェェ!」
大剣を振り下ろすが大振り過ぎてリュウトには効かない。
「おわりゃあああ!」
リュウトは大剣を軽やかに避けるとオークの間合いに入ると手にした剣を横一線。オークの胴体を真っ二つにした。
「あっ、消えた…」
康人はその瞬間に真っ赤な火の玉が消えたことに気づいた。
「くらえ!」
左側のオークが現れて一秒後。右側からオークが現れた。ビルはあわてることなくたった一本の弓を射る。それは一直線にオークの額に突き刺さるとその頭部を爆裂させた。その矢には魔法が付与されており命中すると爆発するのだった。
「こっちも消えた……」
そして二体のオークが倒れたのと同時に正面から二体のオークが現れた。だが正面にいるのは四つの属性の魔法を使えるシーディアだ。
「くたばりなさい!そして砕けなさい!フリーズショット!」
木の影から出てきたオークにシーディアの手の先から放たれた極寒の魔力の弾が命中する。二体のオークはまったく何もできず瞬く間にその身体を凍結させた。そして頭の先からガラガラと崩れた。
「また…消えた……」
立ちすくむ康人。
「大丈夫かみんな」
リュウトが周囲を警戒しながら声をかける。
「問題ないよリュウト」
「こっちもまったく問題ないぞ兄貴」
「そうか。周囲にも何の気配もないし、もう大丈夫だろう」
リュウトはそう言いながら剣を鞘に収めるとたき火の前で立ちすくんでいる康人に近づいた。
「ヤッさん、大丈夫か?」
「あ、ああ、うん。大丈夫、なんともない……。でも、なんなんだろう」
近づいてくるリュウトの胸あたりにある青白い火の玉を見つめる康人。
「ねえヤッさん。えと、何を…っていうか、何から聞いたらいいのかな。えと……、どうしたの?」
「そうだな。ヤッさん?」
シーディアもビルも不思議そうに康人を見ていた。
「……というわけだ。なんかわかるかシーちゃん」
尋ねられたシーディアは人差し指を顎先に当てると深くため息をついた。
「ふぅ。はっきり言ってわからないわよヤッさん。その見えたっていう火の玉だけどさ、そんな話聞いたことないわ」
そして推測だけどねと言って話を続ける。
「おそらくそのヤッさんに見えた火の玉だけど、素直に解釈すれば、命とか、魂の火なのかも」
「魂の火?」
康人だけではなくリュウトもビルもシーディアを見る。
「うん。オークが絶命したとたん消えたんでしょ火の玉。なら、そうかもしれないなって。それにあたしたちのも見えたんでしょ?確か青白い火の弾って言ってたわよね」
「ああ、そうだよ。青白かった。オークの火の玉はなんか虫唾が走るような嫌な感じがしたけどシーちゃんたちの火はとても暖かそうに感じた」
「そう……。でも今はその火は見えてないのよね」
「あ、うん。なんでだろうな。なんでさっきは見えたんだろう……」
サングラスを人差し指でクイッとあげると少ししかめっ面になる康人。
「まあ、いいじゃないかヤッさん。今はあまり考えないでおこうか。それよりまだ日の出までには時間がある。それまで休んでてくれ」
「兄貴のいうとおりだぞヤッさん。さあ、テントに行って休んでてくれ。兄貴も姉さんも。見張りは俺がするからさ」
「そうか、すまんなビル」
「ありがとビル」
「わかった。休ませてもらうよ」
康人はシーディアの肩につかまりリュウトに続いてテントに向かったのだった。
「ほぉ、昨夜そんなことがあったんですか。知りませんでした」
ゆったりと座り流れゆく景色を馬車の窓から見ていたオッティーが言った。
「でもオッティーさん、よくあのうるさい中、寝てましたね」
その横で座っている康人が苦笑しながらそう言った。
「あはは。面目ない。でも、あの三人だから警戒することなく寝ていられたのだと思いますよ」
「まあ、そうでしょうね」
再び苦笑する康人。
「それでヤッさん、その火の玉みたいな魂の火ですけど、私のも見えます?」
「いや、それが見えないんですよ。なぜかわからないけど。昨夜は確かに見えたんですがね」
腕を組み首を傾げる康人。
「そうですか。気になりますねえ……」
そんな話をしていると馭者をしているシーディアから声がかかった。
「オッティーさん、そろそろお昼にしましょうか。そこに広場があるので」
「ん?もうそんな時間ですか?そうですねわかりました。ではそうしましょう。お願いします」
それからほどなくして馬たちにも水と餌を与え四人は昼食を採った。
「いやあ、今日もいい天気だねえ」
真っ青な空にはほんの少しだけ白い雲が浮かんでいる。
「なあ今の季節はいつ頃なんだ?」
箸で野菜スープから具を口に運び康人が尋ねた。
「今は春の終わりころだな。あと一月もすれば熱い夏がやってくるぞ。あっついぞぉ」
と言いながら肉をほおばるリュウト。
「そうなんだ。ということは、今は5月か6月くらいか」
「そうだよヤッさん。今日は5月の28日だよ。あと2日で6月」
とこっちも大きな肉にかぶりつきながらビルが答えてくれた。
「そうか。あと2日で6月か……」
箸を持ったまま見えない目で宙をボーッと見る康人。
「……どうしたのヤッさん?」
行儀よくナイフで切り分けた肉を食べているシーディアが尋ねた。
「へ?あ、うん。来月……、6月は……、孫の2歳の誕生日があるんだよ。……祝ってやりたかった」
「そう……なんだ……。ねえヤッさん」
「ん?」
「お孫さんの名前はなんて言うの?」
「名前か?結衣っていうんだ。娘たち夫婦で悩んで悩んで決めたんだよ」
微小する康人。
「へえ、そうなんだ。ユイちゃんか。ヤッさん……、還れるといいね」
「あ、うん。ありがとシーちゃん」
そして昼食も終え一行はオリスメイに向かい出発した。
そしてその夜。
「あらヤッさん、トイレ?」
夜中またあまり眠れずにテントの外に出てきた康人。火の番と見張りをしているシーディアが声をかけた。
「あ、いや、また眠れなくてさ。シーちゃんが見張りだしちょっと話をしにきた」
苦笑してシーディアの近くまでくるとパチパチとはぜる音のするたき火に顔を向けた。
「あらそうなんだ、うれしい。それじゃここどうぞ」
シーディアは自分の横をトントンと叩いた。
「ありがとう」
よっこらしょっと言いながらシーディアの横に座るとくすくすと笑いがした。
「なんだよシーちゃん」
「ふふふ、やっぱりヤッさんはおっさんなんだなあって。あはは」
「おいおい。ま、まあそうだけどさ」
苦笑する康人。
「でもヤッさんって若く見えるわよね。よく言われない?」
「あ、うん。まあ。こないだも40過ぎでしょって患者さんに言われたよ。ありがとうございますって言っといた。ははは」
「患者さん?ああそうか、ヤッさん治癒術師だったわよね」
「まあ、当たらずとも遠からずだな。こっちの世界じゃどうかわからないけど、元の世界じゃ医療界はいろんな分野に分かれてるんだよ。頂点は医者、医師だな。医師は医学に関してはどんなことでもできる。そしてその下には技師やら薬剤師やらたくさんいる。それと看護師とか。まあ俺たちマッサージ師ってのは医療界じゃ下の下の方だよ」
「ふーん。そうなんだ。こっちの世界じゃ医療を行う者すべて治癒術師っていうのよ。癒しの光属性を持つ者は治癒術師として登録しなきゃいけないの。あたしも光属性持ってるから治癒術師の一人なの」
とドヤ顔のシーディア。
「そうなんだ。なあシーちゃん、その魔法で治癒させるってどうやって治すんだ?」
「どうって?」
小首を傾げるシーディア。
「えと、例えばだな、手をなんか刃物とかで切ってケガしたとして、その傷をどうやって治すのかとか、骨が折れたらどうやったらくっつくのかとか」
「うーん。目で見てわかるケガならその傷に癒しの光を充てれば治るよ。骨とかもどこが折れてるのかわかったらそこに目がけて癒しの光を充てるわね。でも、内臓とかが損傷してたら外から見てもどこなのかわからないから全体に光を充てるのよね。でもこっちはけっこう魔力使うから高い治療費もらうことになるの」
「そうなんだ。それじゃ内臓でも具体的な場所がわかれば治しやすいのか?」
「そうね、そうなるわね。でもそんなに身体の中身のこと知ってる人はあまりいないと思うよ」
「そうなんだ。ということは光属性の魔法を使える人でも医学的なことをよく知ってるわけじゃないんだな?」
「そうね。心臓が左側にあるとか胃から小腸に続いて大腸になるとか治癒術師が知っておかないといけない基本的なことはわかるけど、専門的なことはそれ相応の知識がある人にしかわからないと思うわよ」
そうなのかと相槌を打ちながらいろいろと医学についての話をする康人とシーディア。
「へえ。いろいろ勉強になったよありがとう。でもシーちゃんってすごいよな。光だけじゃなく他にもたくさん魔法使えてさ。モテモテだったんじゃないか?」
「うーん、まあ、そうなんだけど……。今はリュウトに出会えて落ち着いたけど、それまでなんかうちのパーティーにとかぜひうちにとか、とにかく勧誘され続けてさ、最後には服従の毒薬飲まされそうになったのよ。まあ、複数の属性持ってる魔法師なんてそうはいないから。でも薬で従わせようだなんてさ、あたし、キレちゃってさ」
えへへと笑うと下をペロッと出した。
「そっか、そんなことが……ってキレちゃったってねえ。なんかその薬飲ませようとした奴のその後が容易に想像できるな」
康人もはははと笑った。
「あはははは。やっぱりわかる?わよねえ」
苦笑するシーディア。
「ところでシーちゃんたちの歳はいくつなんだ?声からするとかなり若く感じるんだが。二十歳そこそこか?あっ、女性に歳を聞くのはダメだったか、すまん」
「うふふふ。いいわよ歳ぐらい。二十歳くらいって言ってくれてありがとヤッさん。あたしは25、ビルは22。りゅうとは26歳よ」
「やっぱり若いんだ。俺の半分だ、娘と息子だな。ははは」
楽しく雑談をしている二人。火の勢いが弱くなったのでシーディアが薪を取りに行って康人の傍を離れたその時。康人はふと何かが聞こえたような気がした。
「なんだ?」
サングラスをはずし耳をすませその何かの音に集中する。すると突然目の前に、あの虫唾が走るような真っ赤な火の玉が見えた。
「シーちゃん!火だ、またあの火の玉が、魂の火の玉が見えた!」
「えっ?火の玉が!ヤッさんほんと?!どこ!」
シーディアはあわてて康人の横に戻ると周囲を見渡す。
「わからないわねえ。あたしにはまだ見えない。ヤッさん、どっちの方?数はわかる?」
「あっちだ。数は……、10」
「10?!」
康人が指さした方を注視するとかなり向こうの方で何かが動く気配が見えた。
「なんかいるわね。ちょっと探ってみるね」
シーディアは掌を康人の指さした方に向ける。するとその掌の中から風が勢いよく放たれた。
「なんかビューって風が出た音がしてるぞシーちゃん。何したんだ?」
「風属性の一つ、探査の風を飛ばしたの。これで相手が何者なのかを向こうに悟られないで知ることができるのよ」
「便利だな」
「便利でしょ」
そう話しをしていると放たれた風からの情報が戻ってきた。
「ゴブリンみたいね。ヤッさんの見えたとおり10体のゴブリンが近づいてきてる」
「リュウトたちを起こしてこようか?」
「ううん。あれくらいの数ならあたし一人で充分。ヤッさん、ゴブリンの魂の火の玉まだ見えてる?」
「ああ。とても醜悪な火の玉が見えてる」
「わかった。それじゃちょっと検証しながら討伐してみよっか」
「へ?検証?」
「ヤッさんのその能力の特徴と発生の仕組みを検証するのよ」
「なんだこの状況は?」
日の出とともに起きてきたリュウトが周囲の奇妙なありさまに唖然となった。
「おはよう兄貴」
ビルは驚くリュウトに苦笑する。
「ビル。ゴブリンだなこれ。襲ってきたのか?」
「夜中に見張りの後退で出てきたらすでにこの状態でさ。どうやら姉さんが片付けたみたいだ。でも、ヤッさんも座り込んでてさ、なんか燃え尽きてた」
「なんだそりゃ?」
リュウトは今出てきたテントを振り向いた。中ではすやすやと康人とシーディアが眠っていたのを見ていた。
「でも寝てる時には何も聞こえなかったぞ。これだけ暴れてたら聞こえてるはずなんだが」
再び周囲の惨状を見渡すリュウト。
「なんか姉さんが防音の決壊張ったって言ってた」
「そうか。で?」
「詳しい話はまだ聞いてないけど、どうやらヤッさんの相手の魂の火が見える発動条件を検証してたらしい」
「ふーん。ま、起きてきたら話を聞くか。さあビル、とりあえず朝飯の準備するぞ」
「で?」
リュウトがモソモソと朝食を採っている康人に尋ねた。
「……へ?……」
「なんかボーッとしてるなヤッさん。まだ頭が起きてないか。それじゃシーディア」
「何?」
「何って、この惨状を目の前にして尋ねたいことくらいわかるだろ」
とため息をつくリュウト。
「あはは、そうだよね。まあ、ビルから聞いてるだろうけどヤッさんの能力がどうやったら発動するのかゴブリン相手に検証してた」
「それで?発動条件はわかったのか?」
「うん、だいたいね。でも今のところはだけどね。もっと検証していかないとはっきり結論付けられないけど」
シーディアはモソモソと食事をしている康人をチラッと見ると説明を始めた。
「ヤッさんの能力の発動のスイッチは今のところサングラスをはずすことみたい。はずしてる間はずっと視えてる」
ふむふむとリュウトはシーディアの話に頷く。
「そしてサングラスをかけると見えなくなる。布や手とかお鍋とかで覆っても見えるし目を瞑っても見える。サングラスをかけてなければ見えるみたい」
リュウトはそういえばオークの時もサングラスをかけていなかったなと思い出す。
「でもサングラスの脱着だけじゃないんじゃないかと思うの」
「どういうことだ?」
シーディアを見つめるリュウト。
「それがね、襲ってきたゴブリンをほぼ一掃して一息ついてる時にはその能力が出なかったのよ。あたしの魂の炎も見えなくなってたんだって」
「そうなのか」
「うん。でもね、あたし、遠くの方で横切って行ったゴブリンが見えたのよね。でもヤッさんはそのゴブリンの魂の火はわからなかったんだって」
「どういうことだ?」
まだもそもそと食事をしている康人をチラッと見るリュウトとシーディア。
「さあ、なぜなのかはまだわからないわ。まだ検証が必要だと思うわ」
とシーディアは再び康人を見た。
「それでね、話をもどすけど。その魂の火はゴブリンが元気な時には強く燃えて弱っていくとともに火の勢いは小さくなってその色も薄くなっていくみたい。そして死ぬとその火は消える」
そう説明するとリュウトを見た。
「そうか。使えそうか?」
「たぶん。でもかなり疲れるみたい」
とボーッとしている康人を見る。すると康人はシーディアの方に顔を向けるとボソッと言った。
「……昨夜はスパルタでかなり疲れた。昨日のオークの時は昨夜みたいにはあまり疲れなかったけどな。シーちゃんの集中して!とか100から7を引きながらゴブリン見て!とか、地面に転がってる石を数えながら拾って見てとか、集中しないでとか。ほんと疲れたぞ俺」
と言いながらズズッとお茶を飲む康人。
「それに、検証するからと半分死んでるゴブリンを治癒魔法で治してさ、また攻撃して、死にそうになったらまた回復させて……。俺、ゴブリンに同情してしまったぞ。あはは」
その時のことを思い出したのか肩を竦める康人。
「あはは。そんなこともあったかなあ。あはは。でも、もうひとつわかったことがあったわよ。相手が目の前にいるときにはその魂の火が人の型に見えるんだってさ。ねえヤッさん」
「ああ。ゴブリンがよたよたと俺の目の前まで来た時にさそのゴブリンの魂の火がゴブリンの形に見えたんだ。大きな頭に細い手足、胴体は少し腹が出てるように見えた。それでさ、そのゴブリンの左腕の肘あたりから先がなかったんだ。あとでシーちゃんに効いたらそのゴブリンの腕が肘あたりで半分ちぎれかけてたらしい」
また肩をすくめる康人。今度は少し怖がってるようだった。
「そうなのか。近づいてみればそいつがどこをケガしてるのかわかるってことか?」
とリュウト。
「たぶん」
と康人。
「でも大変だったんですねえヤッさん」
とオッティーが楽しそうに康人を見た。
「オッティーさん……。はあ……」
肩を落とす康人。
「ははは。でもヤッさん、わかってよかったじゃないか。これで悩まずにすむし」
とビル。
「まあ、そうなんだけどな」
苦笑する康人。
「それでねリュウト」
「なんだシーディア」
「ヤッさんのこの能力、なんて呼べばいいと思う?こんな能力見たことも聞いたこともないもの。ヤッさん固有のものみたいだし、名前がないと不便だしさ」
「ん?そうだな……。まあ、心眼っていうのか、そんなんでいいんじゃないか。なあビル?」
「俺に振らないでくれよ兄貴。でも心眼でいいんじゃないか。まさに心の目で見てるんだしさ。なあ姉さん」
「そうね。でもやっぱり一捻りほしいわねえ」
「そうですね。私も一捻り欲しいかなと思いますよ」
とオッティー。
「うーむ。……それなら炎心眼ってのはどうだ?
とリュウト。
「炎心眼……?」
とシーディアたちがリュウトを見つめる。
「ああ。魂の炎が見えるんだろ。心眼で炎が見えるから炎心眼だ。どうだ?」
「いいんじゃない」
とシーディア。
「俺もいいと思うぞ」
とビル。
「まさにヤッさんの能力に合ってるんじゃないでしょうか」
とオッティー。
「よし。ということで決まりだな。ヤッさん」
「うん?」
「ヤッさんのその能力は炎心眼って名前に決まりだ。いいよな」
「ま、まあ、いいんじゃないか。もっと中2みたいだったらどうしようかと思ったけど、まあ、炎心眼でいいと思う」
少し苦笑する康人だった。
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