21 / 33
想いの行方
しおりを挟む
イーラたちと共に王都を目指して街道を進む。
普段なら民が行き交う活気に溢れた街道だが、今は閑散としており、時々大荷物を背負った家族らしき数人の集団が駆け足ですれ違うだけだった。
「だいたいの貴族はローザの方に逃げてるみたいだよ」
ローザは王都に次ぐヴォルデ第二の都市で、塔から王都に向かうこちらの街道と王都を挟んでほぼ対角線上にあった。
別宅を持っている貴族も多く、安全でも田舎に逃げ生活の質を落とすのは嫌なのだろうなとグリゴールも納得していた。
「ねえ、あんたは王のところに戻ったらどうするつもりなの?」
「私…ですか?…正直、十年も経っていますからどうしたらいいのか…」
アリオラ王妃に命を狙われている以上、王宮にすんなり入れるとも思えないし、王は今のランシェットを以前のように想ってくれているのかも確証が持てない。
ただ今は、毎日届けてくれていたというクランベリーソースだけが、もしかしたらという淡い期待をランシェットに抱かせていた。
「王は今の私を見ていません。肌も髪もあの頃のように若々しくもない。
…幻滅されるかもしれない」
「バッカじゃない?嫌味に聞こえるんですけど?」」
暗い表情になったランシェットに、イーラは大きく悪態をつきつつも教えてくれた。
「王都が混乱してる最中にあんたのために使者を立てて新しい服まで用意して、その前から腹心のグリゴールを格下げしてまで塔守につけて。
あんたのために特別に王が庭園でクランベリーを自ら作ってるのも知らないだろうけど、姉さんが嫉妬してたよ」
混乱に乗じて何とか助け出したいと王が苦心したのに、当の本人が分かっていないなんて報われないね、と彼は鼻を鳴らした。
「──────っ…」
不意に、王と過ごした数年間の思い出が脳裏に甦った。
二人きりになると、政務中に決して見せることの無い優しい視線で見つめてくれた事。
優しく髪を指で梳いてくれた事。
愛を交わした夜は、朝まで抱きしめて離してくれなかった事。
共に食事を摂る時、美味しいと思ったものを目敏く見過ごさず、次のメニューに加えるよう指示していてくれた事────
あの頃から今まで、王はランシェットを変わらず慈しみ、愛してくれている。
そう実感した瞬間、嗚咽が込み上げてきた。
もう何年も、深く考えないようにしていた。
一人きりの空間で、今も愛されているか考え出したら、キリがなくて辛くなるから。
あの温もりを思い出したら、傍に居ないのが堪えられなくなるから。
「…ありがとうございます、イーラ殿下」
「あー、そういうの本当にやめて、痒くなる。
それにそんな顔で泣かれたら目のやり場に困るんだよね、周りが」
気がついたら、熱い涙が頬を伝っていた。
そして、周りでそれぞれそっぽを向いているグリゴールとイーラの側近の姿があった。
「グリゴールを誘惑しないでよね」
「まさか…!」
「今晩は落ち着いたら俺と久々に楽しもうね?グリゴール」
ランシェットへの態度と打って変わって魅惑的な表情でグリゴールに誘いの言葉をかけるイーラは、とても眩しく映った。
ごくりとグリゴールの喉が鳴ったのを、ランシェットは聞き逃さなかった。
普段なら民が行き交う活気に溢れた街道だが、今は閑散としており、時々大荷物を背負った家族らしき数人の集団が駆け足ですれ違うだけだった。
「だいたいの貴族はローザの方に逃げてるみたいだよ」
ローザは王都に次ぐヴォルデ第二の都市で、塔から王都に向かうこちらの街道と王都を挟んでほぼ対角線上にあった。
別宅を持っている貴族も多く、安全でも田舎に逃げ生活の質を落とすのは嫌なのだろうなとグリゴールも納得していた。
「ねえ、あんたは王のところに戻ったらどうするつもりなの?」
「私…ですか?…正直、十年も経っていますからどうしたらいいのか…」
アリオラ王妃に命を狙われている以上、王宮にすんなり入れるとも思えないし、王は今のランシェットを以前のように想ってくれているのかも確証が持てない。
ただ今は、毎日届けてくれていたというクランベリーソースだけが、もしかしたらという淡い期待をランシェットに抱かせていた。
「王は今の私を見ていません。肌も髪もあの頃のように若々しくもない。
…幻滅されるかもしれない」
「バッカじゃない?嫌味に聞こえるんですけど?」」
暗い表情になったランシェットに、イーラは大きく悪態をつきつつも教えてくれた。
「王都が混乱してる最中にあんたのために使者を立てて新しい服まで用意して、その前から腹心のグリゴールを格下げしてまで塔守につけて。
あんたのために特別に王が庭園でクランベリーを自ら作ってるのも知らないだろうけど、姉さんが嫉妬してたよ」
混乱に乗じて何とか助け出したいと王が苦心したのに、当の本人が分かっていないなんて報われないね、と彼は鼻を鳴らした。
「──────っ…」
不意に、王と過ごした数年間の思い出が脳裏に甦った。
二人きりになると、政務中に決して見せることの無い優しい視線で見つめてくれた事。
優しく髪を指で梳いてくれた事。
愛を交わした夜は、朝まで抱きしめて離してくれなかった事。
共に食事を摂る時、美味しいと思ったものを目敏く見過ごさず、次のメニューに加えるよう指示していてくれた事────
あの頃から今まで、王はランシェットを変わらず慈しみ、愛してくれている。
そう実感した瞬間、嗚咽が込み上げてきた。
もう何年も、深く考えないようにしていた。
一人きりの空間で、今も愛されているか考え出したら、キリがなくて辛くなるから。
あの温もりを思い出したら、傍に居ないのが堪えられなくなるから。
「…ありがとうございます、イーラ殿下」
「あー、そういうの本当にやめて、痒くなる。
それにそんな顔で泣かれたら目のやり場に困るんだよね、周りが」
気がついたら、熱い涙が頬を伝っていた。
そして、周りでそれぞれそっぽを向いているグリゴールとイーラの側近の姿があった。
「グリゴールを誘惑しないでよね」
「まさか…!」
「今晩は落ち着いたら俺と久々に楽しもうね?グリゴール」
ランシェットへの態度と打って変わって魅惑的な表情でグリゴールに誘いの言葉をかけるイーラは、とても眩しく映った。
ごくりとグリゴールの喉が鳴ったのを、ランシェットは聞き逃さなかった。
10
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる