捨てる神あれば、拾うサンタあり

唯純 楽

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神様、サンタを拾う 1

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「いらっしゃいませ~!」

 コンビニの店員が被っているサンタ帽を見て、木花 菊理このはな きり 二十五才は「ふっ」とやさぐれた笑みを浮かべた。

 世の中が、どこへ行っても同じ音楽や購買意欲をかき立てる彼氏彼女夫婦限定のプレゼント広告で染まり、オードブルやらケーキや特別メニューやら、食欲まで刺激されるこの季節。

 こんな深夜、飲み会の帰りに、コンビニで独りおでんを買っている女は、それだけでダメ出しされるかもしれない。

 しかも、コンビニおでんだけでなく、コンビニ弁当超ハイカロリー付きである。
 
 ハンバーグ弁当&ビビンバ弁当、おつまみジャーキー、ダブルシュークリーム、冷凍枝豆に冷凍お好み焼き。ビックカップのインスタントラーメン。気持ち、健康志向をちょっぴりアピールするピクルス付き。
 四人家族ですか、と聞かれそうな量ではあるが、もちろんそんなわけはない。

 絶賛、ひとり暮らし中。
 もちろん、独身。
 もちろん、金なし、夢なし、男なし。
 そして……明日から、職なし。

 正確に言えば、残っていた五日分の有給休暇を消化して、派遣されていた会社を辞める。
 別に、辞表を叩き付けたわけではない。
 単に、更新されることなく派遣期間が終わっただけだ。

 職探しは、年明けからと決めている。
 いいところが見つかるかどうかわからないが、思い悩んでも見つかるわけもないので、束の間、目いっぱい自堕落な日々を過ごすつもりだ。

「温めますか~?」

「いえ、結構です」

 かれこれ、四年ほど通っているこのコンビニの店員の中でも古参である女の子は、その見た目が「ギャル系」→「清楚系」→「キャバクラ系」→「フェイク巨乳系」→「オタク系」→「スポ根系」→「再びギャル系」と迷走してはいるものの、仕事は出来る。

 この時間帯にひとりでやって来る女性客に「お箸何膳入れますか~?」などという、愚かで残酷な問いを発しないのは、プロフェショナルな対応だ。

「こちらお釣りでーす! これ、よかったらどうぞ~!」

 断る隙を与えず、サクッと袋の中にサンタのストラップを突っ込むあたりも、手慣れている。

 菊理は、ずっしりとした袋を手にコンビニを出ると、文字通り「びゅう」と音のする風に首を竦めた。

 ふわふわの雪が、音もなく降って来るのを見上げ、無造作に巻き付けたマフラーに顎を埋めて、脇目も振らず徒歩五分の距離にある独り暮らしのマンションへ向かう。

 明日の休暇第一日目は、一歩も外へ出ずに済ますつもりだ。

 二度と会いたいとは思わない、オヤジやオツボネ様たちをヨイショするだけだった送別会では、満足に飲み食い出来なかった。
 送別会をしてくれただけでも有り難いとは思うけれど、「派遣って安定しないでしょう?」「ひとつのところにずっといないと、なかなか仕事って出来るようにならないのよね」とか「若いうちだけよね。派遣でいけるのは」などなど。
 同情と嫌味が絶妙に入り混じったトークに、引きつった笑みを返し続け、疲れ切った。
 他人の人生なのに、よくもあれこれ言うものだと、その無茶ぶりと他人への尽きぬ関心に、それこそ感心した。
 
 長年付き合っている友人も片手で足りるほどという、交際範囲がごくごく狭い菊理にとっては、未知の領域だ。

 友達が少ないなんて言うと、孤独で寂しい人生だと決めつけられるのは間違いないが、気疲れするよりはひとりでいる方がよっぽどいい。
 とにかく、一刻も早く、秘蔵の時代劇のDVDを見ながら、好きなものを食べ、好きなものを飲み、まったりしたいと心の底から思う。
 つい先日、年末年始休暇目がけて発売された某シリーズのディレクターズエディションの豪華版DVD BOXは、勿体なくてまだ開封していない。
 今夜こそ、あれを開けるに相応しい夜だ。

 つい、にんまりと笑みを浮かべてしまった菊理は、明るいマンションのエントランスを前にして、慌てて表情を引き締めた。

 女子力の源となるものをほとんど投げ捨てている身ではあるが、不審な女にはなりたくない。
 素早く滑らかな自動ドアをくぐり抜けようと足を早めたとき、動物の呻き声のようなものが聞こえた。

「……ぐ……てっ」

 土地によっては、人間より家畜の数が多い大自然の残る北国ではあるが、人口二百万弱の街のど真ん中で、さすがに狐ということはないだろう。

 野良犬か野良猫か。

 動物は嫌いではないので、立ち止まって辺りを見回すが、それらしきものは見えない。
 その代わり、ほんのり雪を塗した冬囲いで覆われた植込みの端に、先ほど見たコンビニ店員の帽子と同じものを発見した。

 大方、どこかの家の子供が遊んでいて落としたのだろう。
 何気なくそれを手に取って、管理人室にでも届けようかと思った菊理は、いきなり何かに手首を掴まれて仰天した。

「……っ! ……っ!」

 本当に驚くと声が出ないものなのだと、実感する。
 腰が抜けそうなほど驚いたが、おでんを汁ごと死守しなくてはならないという大脳皮質の危機管理連係プレーで、何とか踏み止まった。

「た……て…た、たすけてくださ……」

 植え込みの陰から菊理の手を掴んだのは、人間の手だ。
 黒い手袋に覆われてはいるが、大きさとゴツさから言って男性の手と思われる。

 変質者、という言葉が脳裏をよぎったが、もしかしたら、孫を驚かせようとした老人かもしれないと、二百パーセントくらいあり得ないことを想像する。

 今にも死にそうな声だし、たとえ変質者だったとしても弱っているなら撃退できるだろうという言い訳を用意して、恐る恐る覗き込んだ。

 そこにいたものを見て、菊理は目を瞬いた。

 真っ赤な上下。白い襟袖。黒いブーツ。
 フェイクの髭は外れているものの、上から下まで、それは紛れもなくサンタクロースだった。

 植込みと壁の間に挟まっているなんて、それが変質者だろうと、老人だろうと、それはそれは珍しい光景だろうが、サンタクロースとなると自分の目と理性を疑ってしまう。

「と、凍死、しそうで……」

 カチカチと歯を鳴らすサンタは、付け髭よりも白い顔をしていた。

 一体ここで何をしているのか。

 サンタクロースが活躍するのは明日の夜、クリスマスイブのはずだが、事前の仕込みか。
 近年、何でも前倒しで、ランドセルも夏に買うくらいだからなぁ、などと日本の消費者動向を思う。

「で、できれば、お、起こして欲しいのですが……」

 しばし現実逃避していた菊理は、我に返ると腕を掴む手を逆手にとって、「えいやっ」と力任せに引っ張った。

 身長百六十五センチ、体重は限りなく六十に近い五×キログラム、柔道初段の見た目を裏切らない力自慢なので、プレスにでも掛けて伸ばしたのかというほどひょろりと縦長のサンタを植込みから引っ張り出すのにも大して苦労はしなかった。

 引っ張り出されたサンタは、勢い余って前のめりに植え込みに突っ込み、ジタバタしていたが、顔を上げると律義に礼を言う。

「本当に助かりました。あなたは命の恩人です」

 菊理は、丁寧な日本語を紡ぐサンタを見下ろして、なんとも複雑な心境になる。

 植込みにハマッていたそのサンタは、巷に溢れかえるデフォルトのサンタ像とはかけ離れていた。

 マンションのエントランスから洩れる光に浮かび上がった、付け髭が枝に絡まって剥がれ落ちた顔は、テレビの中や映画の中でくらいしか見かけないような、整い過ぎるほど整った洋風のものだった。

 濃い、しかし絶対に黒ではないことがわかる瞳とそれを覆う長い睫毛。
 高く形のいい鼻と高い頬骨は男性的で、薄く、しかし柔らかそうな唇は触れたら気持ち良さそうだ。
 乱れた暗褐色の髪は癖っ毛で、僅かに光が当たったところから、赤味を帯びているのがわかる。

 サンタというより天使じゃないか。
 背中に羽があっても違和感がない。

 しかし。

 しかし、である。
 イケメンのくせに、コスプレ好きで、妄想好きとは……残念だ。
 天は二物を与えずというのは本当なのかもしれない。

「それで……あの、厚かましいお願いではあるのですが、……出来れば……と……」

 天使ならぬサンタは、黙りこんだ菊理の様子をしばらく窺っていたが、もぞもぞと身を捩り、切羽詰まった泣きそうな顔になると、突然叫んだ。

「あのっ……と、トイレ、貸していただけませんかっ!」

 しかも、変態か。

 もしもこれがナンパの一種なら、どんな変態だ。
 ナンパでないのなら、コンビニでも行け、と口まで出掛かった。

 そんな菊理の心理を読んだのだろう。
 サンタは、涙ながらに訴える。

「こ、こんな格好でコンビニに入ったら、警察を呼ばれるかもしれません……」

 確かに。

 クリスマスイブでもクリスマスでもないのに、深夜にサンタのコスプレした変質者が現れた場合、あの女の子の店員が死ぬほど怯えるだろうと思った。

 もう一人、男性の店員はいるのだが、立ち向かう系ではなく逃げ惑う系にしか見えなかったと、脳裏に自分の三分の一くらいの薄さだった姿を想い浮かべた。

 だったら、その辺ですれば? と言いたいところだが、残念ながら大自然のど真ん中ではなく、住宅街のど真ん中である。
 通報される可能性は低いが、イケメンが道端で立ちションなんてしていたら、酔っ払った誰かによって、どっかのお宅に連れ込まれるかもしれない。

 そういう趣味の人もいると聞く。

 諸々の危険や懸念を素早く検討した結果、菊理は決断した。

 何はともあれ、トイレを貸さなかった日本人として、後世に禍根を残すような真似は出来ない。
 助けてやる義理などない、敵に塩を贈るようなもの、という言葉が脳裏を過ぎるが、母国の印象を素晴らしいものにするか、最悪なものにするかは、自分の行動ひとつにかかっている。

 それに……。

 サンタなだけに、邪悪なものは感じられなかった。
 そういう黒い感情には敏感な体質である菊理が触れても双方に被害がなかったことを見れば、害がないことは確かだ。

「……いいけど」

 菊理が頷くと、サンタは神を崇めるような眼差しで菊理を見つめた。

「あ、ありがとうございますっ! そ、それで……か、肩を……お、お借りしてもよいでしょうか」

 何故に? と目で問えば、サンタは植込みにへばりついたまま答えた。

「じ、じつは、こ、腰を打ってしまって……た、立つのもやっとで……」

 腰を折ったまま、植込みを這いずるサンタに、菊理は思った。
 競合他社的な相容れない存在だとしても、弱っているところにつけこむのは、よろしくない。

「さっさと行くわよ。漏れる前に、辿り着かないとね」

 掴まっていい、と許可すれば、サンタはよろよろと植込みを回り込み、菊理の背後から肩にすがった。
 控え目に掴まっていたのだが、歩き出した途端、ずしっとした重みが加わり、よろめいた。

「す、すみませんっ!」

 慌てて力を抜こうとし、呻くサンタに菊理は大丈夫だと請け合った。

「倒れたりはしないから、しっかり掴まってていいわよ」

「し、しかし……」

「漏らされるよりマシ。今やられたら、誰が掃除することになると思ってんの?」

「……」

 黙りこんだサンタを従えて、エントランスを入り、エレベーターに乗り込んだ菊理は、マンションの五階で降りた。
 エレベーターホールから角部屋までは、普通なら大した距離ではないのだが、腰と振動が危険過ぎて走れず、急ぎ足でしか歩けぬサンタと一緒だと、随分遠く感じた。

 菊理が玄関のドアを開け、入口の電気を付けた瞬間、「お邪魔しますっ! 借りますっ!」と叫んだサンタは、腰の痛みをものともせず、迷うことなくトイレのドアへと突進した。

 間違えることなく、目的の小部屋に飛び込んだ。

 取り敢えず、玄関先で脱ぎ捨てられたブーツを拾えば、よく手入れされて黒光りした本革だった。

 サンタ帽も、随分と手触りがよく、カシミアではないかと思われるし、縁に付いている毛皮は滑らかで温かい。
 床に落ちたフェイクの髭は、くるんくるんとカールしており、こちらも精巧に出来ている。
 随分と気合の入ったコスプレである。

「……」

 単なる変質者の域を超えている。

 それとも、最近流行りの高級志向、本物志向なのだろうか。
 デパートやおもちゃ屋と契約している宅配サンタのレベルがどの程度なのかは知らないが、宴会用コスプレ衣装の大半は、ペラッペラの薄っぺらの布とも呼べぬものが大半だ。
 しかも、後ろ姿ではあったが、一見したところ、サンタの衣装はブカブカでもピッチピチでもなく、ほどよいフィット感だった。

 まさかのオーダーメイドか?

「ふう……間一髪でした……」

 すっきりした顔に爽やかな笑みを浮かべたサンタは、腰を屈めた何とも不自然な姿勢でトイレから出て来ると、壁伝いに玄関先に突っ立っていた菊理のところまで戻り、改めて礼を述べた。

「本当に、ありがとうございました。助けて貰えなかったら、今頃どうなっていたことか……。ぜひともお礼をさせていただきたいのですが、何か欲しいものはありませんか? 何でも、プレゼントしますっ!」

 プレゼントは得意だからと張り切るサンタに、菊理はイラっとした。

 根本的に、目に見えるプレゼントを配るというわかりやすさで、異国民のくせに日本の大衆に受け入れられている存在が、昔っから気に入らなかった。

「男」

「はい?」

「……男が欲しい」

 菊理の要求に、サンタは目を見開いた。
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