愛しのアリシア

京衛武百十

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熱砂のアリシア

2日目・早朝(アリシア2234-LMNの戦闘力)

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「千堂様、こちらに接近してくる集団があります」

陽が上がり始めたとはいえまだ寒い時間。私が用足しをしていると、アリシア2234-LMNが突然声を上げたのだった。

「何? 奴らか?」

慌てて身支度をしながら問い掛けると、

「人数は約三十名。武装車両十二台に分乗し、接近中。照合…照合終了。十六時間前に撤退した武装集団の構成者と65%一致しました」

と、アリシア2234-LMNが応える。なるほど、補給と人員の補充を済ませてきたということか。

「装備は?」

そうだ。奴らがどんな装備をし、どんな武器を持ってるかが気になる。何しろこちらにはアリシア2234-LMNしかいないのだ。

「サイバネティクス反応。四名ないし五名のサイボーグがいると思われます。他はネイティブの人間です。装備は、携行型の小火器、車載型の重機関銃、携帯型のロケット砲、レーザー誘導の携帯型ミサイルを確認。レーザー発振を確認。ミサイル発射されました」

アリシア2234-LMNはあの笑顔を浮かべたまま淡々と答え、チェーンガンを構え、撃った瞬間、数十メートル先の空中で爆発が起こる。

「迎撃! 迎撃だ!」

私は機体の破片の陰に身を伏せて、叫んだ。

「承知いたしました。迎撃いたします」

そう応えながら、アリシア2234-LMNは、チェーンガンを斉射した。

「携帯型ミサイル、撃破。携帯型ロケット砲、撃破。サイボーグ一体の活動停止を確認。車両二台を撃破」

穏やかな口調にはそぐわない内容の言葉を並べ、アリシア2234-LMNはさらに言った。

「周囲に展開している部隊はありません。この場での戦闘は危険ですので、これより敵部隊に突入いたします」

それは、私に許可を求める言葉ではなく、これから自分が行うことを告げるだけの内容だった。それを言い終えた時には、アリシア2234-LMNの姿は私の視界から消えていた。この場で戦闘を行えば間違いなく私の命の危険も増すので、こちらから飛び込み抑えるのだ。

距離がある上に、オペラグラスの類も無いので何が行われてるかはよく分からなかったが、数百メートル離れた奴らのいる場所から銃声と爆発音が絶えず響いてくる。やがて爆炎と砂煙に包まれて、それこそ何も見えなくなってしまった。

だがその瞬間、何かがその煙の中から飛び出してくるのが見えた。人間? 人間のように見えるが、人間では決して出せないスピードでこちらに向かってくる影があった。しかも二つ。どちらもアリシア2234-LMNではなかった。

「サイボーグ!?」

私の脳裏に、違法な改造によって高機能高出力を発揮してゲリラ活動を行っているサイボーグの存在が思い出されていた。それに捉えられれば、私など紙人形を破るように体を引き裂かれて死んでしまうだろう。その光景が頭をよぎり、体が硬直してしまう。

しかし、私のいる場所目掛けて駆け寄ろうとしていた二体のサイボーグが、突然、前のめりに倒れて転がった。そして自分達が走ってきた方向に向き直り、身構える。その先に見えたのは、すさまじい速さでサイボーグに迫るアリシア2234-LMNの姿だった。そして、サイボーグ二体とアリシア2234-LMNの格闘戦が始まる。

サイボーグ達の動きは、やはり完全に人間のそれを凌駕していた。明らかに違法な高機能高出力を発揮しているのが見て取れた。にも拘らず、アリシア2234-LMNはその二体を同時に相手をして全く引けを取っていなかった。

殴りかかる動きを体をひねって受け流し、胸に右肘を入れる。その反動を活かしてもう一体の顔に掌底を打ち込む。体勢が崩れたところに足払いを掛けて倒し、その隙に先の一体の顔に追い打ちの掌底を連打。そいつが倒れたら、起き上がろうとしていたもう一体の顔面に前蹴り。後ろに倒れるその頭を掴んで地面に叩き付け、足で何度も踏みつける。先の一体が起き上がって飛び掛かってきたその顔面に再び前蹴り。踏み付けられ動きが鈍った方の頭にチェーンガンを斉射。踏み付けていたのは恐らく装甲をはぎ取る為だったのだろう。それに頭部を執拗に攻撃しているのは、サイボーグであるがゆえに避けきれない脳震盪などを起こさせることを狙っているのかも知れない。

続けて残る一体が立ち上がって再び飛び掛かってきたところを顔面に前蹴り。実に容赦なく、実に合理的な攻撃だった。蹴りが来ることを予測して捕まえようとする動きも見えたが、アリシア2234-LMNの蹴りはそれをさらに上回る速さだった。サイボーグ二体を相手にまさかここまで一方的になるとは、私も想像していなかった。違法サイボーグを相手にデモンストレーションや試験を行う訳にもいかなかったからな。

だが、冷静に考えてみれば簡単なトリックだった。いくら高機能高出力と言っても、生身の脳や臓器を内蔵しているサイボーグは、生体部分の限界を超えた動きまでは出来ない。それをしてしまうと、強烈なGで脳や内臓が破壊されてしまいかねないからだ。一方、完全なロボットであるアリシア2234-LMNの限界値は、はるかに高い。加えて、元々アリシア2234-LMNの戦闘モードには徒手空拳で相手を倒す格闘術の達人の動きが多数組み込まれている。サイボーグごときでは、そもそも勝てる相手ではないのだ。

それでも、チェーンガンを装備していることで本来の運動性を発揮できていない。その為、これはむしろ手こずっているとさえ言える状態かも知れなかった。

左腕で、サイボーグの右腕を捩じ上げて関節を破壊。続けて頭部の装甲の隙間に右手の指を捻じ込んで装甲を引きはがし、そこにチェーンガンを撃つ。するとそのサイボーグもまた、地面に崩れ落ちたのだった。

ここからはよく見えないが、それを見降ろすアリシア2234-LMNの顔には、やはりあの笑みが浮かんでいるのだろう。私はそれを想像し、背筋が寒くなるのを感じた。戦闘中も、とどめを刺す時も、ずっとあの笑顔のままだった筈なのだ。

だがその時、先に倒した筈のサイボーグの体が飛び跳ねて、アリシア2234-LMNに掴みかかる。

「!?」

そうか、全身を義体化したサイボーグの中には、脳を頭以外のところに移す者もいるという。こいつはそのタイプだったのだろう。仲間を倒してアリシア2234-LMNが油断したところを狙うつもりだったのかも知れない。しかしそれは、浅はかな考えだった。完全なロボットであるアリシア2234-LMNは油断などしない。脅威が去ったかどうかを、冷静に、冷徹に、確実に確かめるだけだ。

掴まれる直前にアリシア2234-LMNの体は宙に舞い、それを見失ったサイボーグの肩にのり、もはや原形を留めない頭部から胴体内部を狙い、チェーンガンを斉射する。

少なく見積もっても百発以上の9.6㎜が、胴体内で自らの装甲により跳弾を繰り返し、全ての機構、部位をズタズタに破壊したものと思われた。

全てのサイボーグが倒されたことに気付いたのか、残った連中は脱兎のごとく逃げ去った。私はそれを見送って、いい加減に懲りてもらいたいものだとぼんやりと考えていた。それが叶わない願いだとは思いつつも。

凄惨とも言える戦闘の後でもなお、アリシア2234-LMNはまるで買い物から帰って来たかのように微笑みながら私のところに戻ってきた。そのあまりに異様過ぎる光景を、私は正視出来ないでいた。私を救ってくれた筈のそれが、とても恐ろしい怪物のようにも思えたからだった。

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