愛しのアリシア

京衛武百十

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熱砂のアリシア

2日目・午後~3日目・夕刻

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「千堂様、南南東よりこちらに接近する集団があります」

日陰でウトウトしていた私は、アリシア2234-LMNのその声に起こされたのだった。

「…捜索隊か?」

さすがに今度は捜索隊だろうと思ってそう訊いた私の期待は、本当に脆くも打ち砕かれた。

「いえ、違うようです。人数は約三十名。車両は九台。そのうち、これまでの戦闘に加わっていた兵士が、現在確認出来ただけでも四名います。また、装備や人員の構成が明らかに正規の軍や救難隊のそれとは異なっています。やはりこれも、千堂様の命を狙っている集団と思われます」

バカな……さっきまでの連中は、多少生き残りがいたとしてもほぼ全滅したんだろう? それでもまだこうして三十人からの人間を集めて私を殺しに来る。意味が分からんぞ?

「先ほどまでの集団に比べ、兵士のバイタルサインから薬物の影響は比較的少ないと思われます。ですので、構成員の多くはこれまでとはまた別の形で集められたのかも知れません」

なるほど。今度こそ、金か何かで集められたゲリラ崩れのゴロツキ連中って感じか? しかしそれにしてもさっきからまだ二時間程度だぞ? …いや、もしかしたら、今度の連中が現れた方向から言って、本当はさっきの連中と一緒になって私達を包囲しようとしてたのが、出遅れただけかも知れんな。もしそうだとしたら、私は本当に運が良いのか悪いのか。少なくとも悪運だけは強そうだ。だがその時、

「レーザー発振を確認! ミサイルです。迎撃いたします」

そう言ってアリシア2234-LMNはチェーンガンを撃ち、その瞬間、空中で爆発が起こった。私の迎撃命令はまだだったが、非常時の緊急対応として命令を待たずに撃ったのだろう。

「迎撃、頼む」

本音を言うとこの時の私はもうすっかり嫌気がさしていたのだった。奴らのあまりのしつこさに辟易し、半ば自暴自棄になっていたと言ってもいいだろう。しかしそんな私の命令でも、アリシア2234-LMNは忠実に従う。

「他に接近する集団はありません。これより突入して迎撃します」

今度はもう陽動ではないことを確認したアリシア2234-LMNが、私を戦闘に巻き込まない為に、奴らに向かって突入した。さすがにチェーンガンの残弾数も二千発前後の筈だし、それを節約する為か、携行型ロケット砲二つを脇に抱え、サブマシンガン一丁を右手に持ち、走る。

その直後、奴らがいる辺りで爆発が起こり、銃声が響いた。だが今回の戦闘は、ほんの数十秒で終わったようだった。さすがに当初の作戦が完全に崩れた状態で、無理はしないということか。

「ロケット砲にて、車両二台と携帯型ミサイルを撃破しました。残りは戦闘を放棄。撤退しました。兵士の会話で、『話が違う』、『俺達だけでこんなの相手に出来るか』という音声が確認できました。やはりこれまでの集団とは別に集められたものと推測されます」

帰ってきたアリシア2234-LMNの手には持って行ったサブマシンガンだけが残され、ロケット砲は二つとも使ったようだった。そして相変わらずの緊張感のない報告に、私はウンザリしたものも感じてしまっていた。ただ、戦闘中に確認したという奴らの会話に、連中もさすがに息切れしてきてるのだと感じたことだけは、少しだけ有り難いと感じた。

もう二日目の午後だ。いつ捜索隊が現れてもおかしくない。それを心の支えに、何もかも投げ出してしまいたくなる自分を奮い立たせるのであった。



その後、連中は現れなかった。念の為にアリシア2234-LMNに常時監視をさせて警戒はしていたが、何も起こらなかった。

その間にも私は、パック詰めされた食料を次々と開封してはそれを貪り食う。「調理も可能ですが。必要でしょうか?」と訊くアリシア2234-LMNに「要らん」とだけ返し、腹が膨れたらマットレスの砂を払ってそこで仮眠し、腹が減ったら起きて食うという、実に怠惰な時間を過ごした。アリシア2234-LMNが、機体の残骸にシートを括り付けて簡易のテントとし、常に日陰で寝られるようにしてくれたのは素直にありがたかった。

最後の襲撃から丸二十四時間以上が過ぎ、少しでも喉が渇いたと思えばガブガブと飲んだウォーターサーバーのタンクの一つはほぼ空になり、ズボンが心もちきつくなったような気がした頃、だらけた体とは裏腹に、私は例えようもない不安に襲われていたのだった。

捜索隊、救助隊はなぜ現れない!? もう三日だぞ!? アリシア2234-LMNに捜索隊や救助隊の無線でも傍受出来れば教えてくれと言ってあるのに、全く気配すらない。どういうことだこれは一体!? 私は仮にも、総合企業体「JAPAN-2ジャパンセカンド」のロボティクス部門の役員なんだ!! その私が、十四人もの人間と一緒に消息を絶っていて、何故、誰も助けようと動いている気配が無い!? おかしいだろう!?

後から考えればこの時の私は、相当、精神的に追い詰められていたんだと思う。奴らの襲撃が無くなったことで緊張感が薄れたことが逆に、余計な思考をただ巡らせる余裕を与えてしまっていたというのもあるかも知れない。腹立ちまぎれに空になったパックをアリシア2234-LMNに叩き付けたり、意味もなく砂を掘り返しては埋めてみたり、小便で地面に字を書こうとしてみたりと奇怪な行動を続け、それらを一通りやった後でふと思い立って、残ったロケット砲のチェックをアリシア2234-LMNにやらせてみたのだった。

まあ、何となく勘が働いたということなのだろうか。よくよく調べてみるとそのロケット砲は弾頭部分に不具合があり、使い物にならないということが分かったので、私が掘った穴に埋めて、なぜかロケット砲の墓を作ってしまった。

これにはさすがに我ながら苦笑いさせられ、私はそこでようやく正気を取り戻したのだった。そしてすぐに、アリシア2234-LMNに命じて、十四人の遺体からアクセサリーや腕時計等の遺品になりそうなものを回収してもらい、灼熱の日光と乾燥で既にミイラ化し始めているそれらに砂をかぶせ、後で遺体を捜索しやすいように機体の残骸などで目印を作ってもらった。さらにそれらの遺体に向かって深々と頭を下げてその死を悼んだことでようやく、人間に戻れたような気がしたのである。

すると今度は、奴らの襲撃が無いのは、充分な用意をする為に時間をかけているのかも知れないと考え始めて、身が引き締まる思いがした。ここまでは奴らの雑で行き当たりばったりなやり方に救われてきたが、今後はそうもいかないかも知れない。そうでなくても、ランドギアを改めて用意されてしまったら、アリシア2234-LMN一機では持ち堪えられない可能性が高い。旧式のランドギアであれば、CSK-305がやったように装甲の薄いところを狙うことも出来なくはないが、複数機が連携して攻撃を仕掛けてくれば、一たまりもないのが現実だと思う。

私は、決断を迫られているのだと感じていた。だがある程度は正気に戻ったとはいえ、まだ何か、頭に靄がかかっているような感じで考えがまとまらない。それを自覚しつつも、生きる為には考えるしかないことも事実だと思った。

日が傾き、影が伸び、気温が下がり始める。赤く光る荒地はまるで夕焼けの海のようにも見えた。火星には地球程の海はない。実は海を作ろうというプロジェクトが進行中で、体積の多くを水が占めていると推測される小惑星や彗星を捉えてそこから水を調達しようと動き始めている。いくら荒唐無稽に見えても、火星の環境をここまで変えてしまった人間なら、いずれ実現させてしまうのだろう。

人間の健康寿命が百二十歳を超えた今、百五十歳まで生きる者も稀にいる。私もそれくらいまで生きれば、もしかするとその光景を見ることも出来るのかも知れないと思うのだった。

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