200万秒の救世主

京衛武百十

文字の大きさ
上 下
86 / 93

人間が踏み入れば

しおりを挟む
『私は奴に負けました。心を折られたのでス。私では奴に勝てないことは、客観的な事実なのでショウ。だから今の私は、アヤノ達が生き延びる為にその力を発揮するべきなのだと考えます。きっと主もそれを望んでおられるのでショウ』

それが今のアリーネさんの思考だった。

いつの間にか僕は、人間の思考まで読み取ることができるようになっていた。おそらく、頭に端子を貼り付けるという形で脳波を測定するという方法の更に高次元なものなんだと考えられる。僕の触角が人間の脳波を読み取った上で、それを解析しているんだろう。

冷静に考えれば英語で思考してるはずのそれが日本語として認識できているのも、僕の感覚器官が僕に認識できるように変換しているんだろうな。

…いや、そもそも僕自身が、今、日本語で思考してるのかどうかも怪しいか。もしかしたら既に黒迅の牙獣トゥルケイネルォの言語?で思考してるのかもしれない。

まあそれはさて置いて、アリーネさんはもう完全に立ち直っているようだ。それでも吉佐倉《よざくら》さん達とは少し距離を取った形で協力することにしているらしい。

この辺りは、彼女が軍人であるということが影響してるんだと思われる。

なんていう僕自身も、自分の思考がひどく冷淡で事務的になってきているのを感じてた。<人間らしさ>が、そういう部分でも失われてるのが分かる。

そしてそれを悲しいとも寂しいとも残念だとも思わない。

もうこれが当たり前なんだ。今の僕にとっては。

一人、周囲の状況の確認と把握のために探索を行うアリーネさんを、彼女からは見られないようにしながら見守る。

さすがに現役軍人(彼女が所属していたアメリカ軍そのものは事実上壊滅してもはや存在しないが)だけあって、全く危なげがなかった。これなら手を貸す必要もないだろう。

そんな彼女が、今、感じていること。

『どうして死体が一つも見当たらないのでスか? 死体があった痕跡はあるのに……』

もちろんそれは僕が食べて始末したからではあるものの、アリーネさんにとっては不可解な異変でしかない。

ただ、それが何か大きな問題であるとは、彼女も考えていなかった。

『アヤノ達が死体を見付けてしまって動揺することを思えば、これはむしろありがたいことなのでしょうが……』

とも考えている。

それもあって、あまり気にしないようにしたようだ。その辺りを深く詮索してかえって蛇を出すようなことは避けようと無意識のうちに考えてるのも僕には分かってしまう。

だが、それでいい。

それでいいんだ。

人間が踏み入ればロクなことにならない……

しおりを挟む

処理中です...