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「メモカも大事だが、バディの回収が重要だな」

千治せんじの家から重蔵じゅうぞうの家に戻るなり、彼はそう言った。メモカは読み取りができなければ大した価値はない。しかしバディはそのメモカの読み取りができるだけではなく、それ自体が失われた技術と知識の塊なのだから、まずはそちらを回収するべきという判断だった。

外着を脱ぎ、マスクを取ると、重蔵の素顔が照明の下、露わになった。その顔にはとても大きな傷跡があった。マスクをしているのはそういう理由からだ。

それは、かつて仕事中の事故により受けた傷だった。しかし砕氷さいひには珍しいことではない。顔の怪我はまだしも、歳で体がいうことを聞かなくなってきたため、咄嗟の危険に対処できないと、引退を決意したという訳だ。

圭児けいじ遥座ようざ、それと開螺あくらにも声を掛けよう。俺はこれから話を付けに行ってくるからお前は休んでおけ」

「はい…!」

浅葱あさぎの返事を確認した重蔵は、外から帰ってきた時のドアとは違うドアから出て行った。実はこの辺りの家は、十軒くらいがひとまとまりになって廊下で繋がっており、わざわざ外に出なくても行き来ができるようになっているのである。なるべく外に出なくても済むようにという狙いからだ。

ただ、しっかりとした事前の計画がない状態で場当たり的に拡張されたこともあり非常に複雑な構造で効率的でもなく、その為、重蔵の家から千治の家に行くには外を通った方が近いという事実もあった。

ちなみに室内は、地熱発電にも利用される蒸気による床暖房で、常時二十度弱くらいにまで温められている。これはひたすら湧き出る蒸気を無駄にしないようにということで設置されているので、ストーブなどと違って切ったり点けたりはできない。また、氷を溶かして生活用水を作ることにも利用されている。

なお、上下水道は完備されており、下水は地下深くに送り込まれ、それもまた蒸気に変わって戻ってくるという訳だ。ただし、上下水道や蒸気を送る為の配管を新設する工事は容易ではないことから、既に三百年以上前に設置されたものを修繕しながら使っている状態である。パイプの多くは発掘品が流用された部分については失われた技術によって作られたものであり、新しく作られたものとは比べ物にならないくらいに劣化や摩耗が少なかった。故に発掘品は重宝されるのだ。

そうやって供給される蒸気で沸かした湯で、浅葱あさぎは風呂に入った。さすがにお湯はそれなりに温かいものの、実は四十度には届かなかったりする。寒さに過剰適応した彼女達の体にはそれで十分なのだった。

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