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心配

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宗臣ときおみを連れて病院へと訪れた浅葱あさぎは、待合室の椅子に並んで腰を掛け、彼に話しかけた。

「今回は残念だったが、決断できたお前は立派だ。砕氷さいひに向いてると思う」

「……」

浅葱あさぎの言葉に宗臣ときおみは唇を噛みしめながら黙って頷いた。

幸い、彼の風邪は大したことはなく、しっかりと静養すれば二日ほどで回復できるだろうという診断だった。だからうまくすれば次の研修には間に合うだろう。

その宗臣ときおみを家まで送り届け、浅葱あさぎはまた氷窟へと向かった。今日はもう<仕事>はできないが、ひめと蓮杖れんじょうの様子を確認するためである。

浅葱あさぎにとっては通い慣れたその道程は、一日二往復するくらいはさほど苦にもならない。

「どうでしたか? 宗臣ときおみ様の具合は」

彼女が戻るなり、ひめが心配そうに問い掛ける。

「問題ない。早ければ次までには間に合う」

「そうですか。良かった」

ホッと胸を撫で下ろしつつ、ひめが言う。

彼女は心を持たないロボットなので、それらの仕草はあくまで<人間ならこういう時は一般的にこうする>という知識を基にしたものなので人間がする<心配>とは実は違うものの、<好ましい>ことと<好ましくない>ことの区別くらいはつけられる。だから、宗臣ときおみが次の研修には参加できそうだという<情報>は、彼女にとっても朗報だった。

仲間の宗臣ときおみの為に心配してくれるひめの姿に蓮杖れんじょうが見惚れる。

「ありがとう」

『仲間の心配をしてくれてありがとう』という意味のそれを掛けて、蓮杖れんじょうはフードの奥で顔を赤くした。

義務感だけで結婚し子も生す世界と言えど、恋愛感情が全くないという訳でもない。この時の彼の様子は、明らかに<恋する少年>のそれだった。

とは言え、それ以上気持ちは表に出さず、作業に戻って淡々と仕事をこなす。

彼のバイタルサインや仕草や声の調子を常時モニターしていたひめは、彼が抱いた自分に対する感情に気付いてしまった。

しかしこれはバディなら日常茶飯事のことだったので、慌てたりはしない。

しかも蓮杖れんじょうの方も、露骨にそれを表に出そうとはしなかった。ここに住む人間達は、本当に抑制的な気性の者が多いということなのだろう。

そしてひめは、それをまた<好ましい>と感じる。

『まずは自分の役目を果たそうと考えるんですね』

黙々と凍土に向かって<びしゃん>を振るう彼を、柔らかく見守っていたのだった。

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