悪魔を狩る者 ~ツェザリ・カレンバハの生涯~

京衛武百十

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ギャナンの章

ギャナン

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彼は、現在のフランスはオーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏に当たる地域のある地方都市で成功を収めた豪商と、その豪商が抱える愛人の一人との間に生まれた私生児だった。

とは言え、父親は母親のことなど、ロクに顔も覚えていなければ名前すら知らずに何度か抱いて、子供ができたと知った時点で完全に興味を失い、わずかばかりの金を持たせて放逐した<売女ばいた>の一人としか認識しておらず、彼女との間に出来た子供も、当然、母親と一緒に捨てただけだった。

「くそ…っ! くそ…っ! ふざけんな……!!」

豪商の愛人ともなれば多少はいい暮らしもできるかと思っていた母親(名は、アラベル)は、あてが外れて呪いの言葉を吐きながら、馬小屋の片隅を借りて、男児を産み落とした。

別に死んでもかまわないと思って生んだのだが、そんな彼女の想いとは裏腹にその男児は、馬糞塗れの粗雑な扱いにも関わらず生き延び、母親の乳に食らいつくようにして命の素を貪り、大きな畑を持つ農家で住み込みの下女として働くことになったアラベルの下で順調に育っていった。

だが、実際には、生まれた時点で死んでいた方が、幸いだったのかもしれない。

なにしろアラベルは、彼のことなど毛ほども愛していなかったからだ。死ねばいいのにしぶとく生き延びて自分を煩わせる我が子を、実の母親は、ことあるごとに怒鳴りつけ、打ち据え、蹴転がした。

この段階でも死んでいれば、まだマシだったかもしれない。なのに彼はしぶとく生き延びた。

アラベルは、彼を、<ギャナン>と呼んだ。<ガキ>という意味であり、とても名前などと呼べるものではなかったが、結局、幼い頃の彼の名は<ギャナン>となった。

こうしてギャナンは、物心付く以前から母親と共に農家の下働きをして過ごした。

彼も、不思議と、母親をはじめとした理不尽な大人達の仕打ちに反抗するでもなく黙々と馬の糞の掃除などをこなしてみせたが。



しかし、ギャナンが五歳になる寸前、アラベルが、その農家の主人と関係を持っていたことが夫人に知れて、

「出て行け! この馬の糞どもが!!」

と、母子共々追い出されることとなってしまったのである。

「くそったれのデブス女が! お前がそんなだからアタシに欲情したんだろうが、お前のダンナは!!」

などと悪態を吐くが、所詮は<負け犬の遠吠え>であり、そんなものは届かない。

だが、アラベルは、必ずしも<美人>とは言い難い女だったにも拘らず、不思議と男の情欲を駆り立てる何かを持つのか、ギャナンと共に道端に座り込んで途方に暮れていたところに男が声を掛けてきて、

「飯くらい作れるんなら、俺んとこに住んでもいいぜ」

そんなことを言いだしたのだった。

いかにも好色そうに顔を歪ませてだが。

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