悪魔を狩る者 ~ツェザリ・カレンバハの生涯~

京衛武百十

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ギャナンの章

それだけが心の支え

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さらに月日は進んで妻の腹がいよいよ大きくなってくると、今度は洋裁店の女主人の目が険しくなってきた。

「あんた、いつまで働けんの? 子供が生まれるとなったら辞めるんでしょ? そうなったらこっちも人を雇わなきゃいけないからね。辞める時は早めに言ってよ」

明らかに苛立った様子でそう口にした。夫を亡くして仕事が必要になった未亡人だからこういうこともあるだろうとは分かっていたものの、また新しいのを雇うとなるといろいろ面倒だからいい気はしない。

もっとも、結婚している女性も何人も働いているので、それこそ妊娠はそもそも想定しておかないといけないはずのことだし、実際、それで辞めていく者も何人もいた。しかし、この女主人は、自分が気に入った従業員については快く送り出したりもする。

要するに、自分の気分だけで接し方を変えているだけなのだ。<雇っている側>という立場に胡坐をかいて。

だから、最初から辛気臭い様子だった妻のことは快く思っていなかっただけでしかない。

「はい……分かりました……でも、まだ、大丈夫です……」

妻は、体を小さくしてそう応えた。本当に居心地が悪かった。

例の<馴れ馴れしい男>については、あの後、他の従業員の女性にも手を出してそれが女房にバレて出入り禁止になったことでもう顔を見ることもなくなっていたが、妻のストレスは溜まる一方だった。

それでも、自身に宿った子、いや、<帰ってきてくれた夫>のためにも耐えなければいけないと彼女は考えた。それだけが心の支えだった。



なお、その頃、ギャナンとララは、すっかり一緒の時間を過ごすのが当たり前になっていて、穏やかな時間を過ごしていた。

ララの方は。

ギャナンの方はと言うと、やはりあの何とも言えない感覚は常にあり、膨れ上がってくるわけではないものの無くなる気配もまるでなかった。だから彼にとっては安らげるような時間では決してなかった。その状態が彼にとっては普通になっていたから、無視できるようになっていただけだ。

とは言え、ララが楽しそうにしているのを見ること自体は、それほど不快でもなかったようだ。だからこうしていられたというのもあるだろう。

そんな中で、アラベルがまた子を生んだ。女の子だった。

「でかした! アラベル!」

元気な我が子の誕生に、パン屋の男は跳び上がりそうなほどに喜んだ。

「おめでとう!」

「おめでとうございます!」

靴屋の主人とララも、祝福の声を掛ける。けれど、その幸せそうな光景の中には、ギャナンは入っていかなかった。彼はただ、皆に祝福を受ける生まれたばかりの妹に、部屋の隅から虚ろな視線を向けていただけなのだった。

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