悪魔を狩る者 ~ツェザリ・カレンバハの生涯~

京衛武百十

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ギャナンの章

すべて叩きつけずには

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ギャナンの脇の壁に貼り付いたそれは、人の形をしていなかった。人の形はしていないが、見慣れた色の髪と服は、彼がよく知る人間のそれであるのは間違いなかった。

「―――――っ!!」

瞬間、ギャナンの奥深いところから激しく噴き上がる<何か>。それが何なのか、彼自身にも分からない。分からないが、今、彼の眼前にいる<そいつ>に、すべて叩きつけずにはいられない気分なのは間違いなかった。

『殺す!!』

ギャナンは、おそらくこれまでの人生の中で最も明確にそう考えただろう。と同時に、彼の右手にはまた、あの、

<ほとんど剣のようなナイフ>

が握られていた。そのナイフを手に、彼は、ララの家の裏口に立っていた<そいつ>、もはや人間かどうかも怪しい異様な見た目になっていた<代書人の妻だったもの>目掛けて弾かれるように奔った。

だが、それと同時に、彼の右側頭部に「ゴジャッ!!」と衝撃が。

「!?」

ようやく八歳になったばかりのギャナンの体が、それを受け止めきれずに地面を転がる。それでも体勢を整えて地面を踏みしめ視線を向けると、<代書人の妻だったもの>の左手に何かロープのようなものが握られ、その先に<塊>がぶら下がっているのが見て取れた。

まともに街灯もなく、家々から漏れ出てくる灯りだけでは十分な明るさはないものの、ギャナンはそれが、最近、自分も見たことのあるものだと察した。

それは、

<赤ん坊>

だった。まだ臍の緒で繋がった、生まれたばかりの赤ん坊であることが、ギャナンには察せられてしまった。もっとも、完全に力なくぶら下がっているだけであり、泣き声も上げてはいなかったが。

しかも、<代書人の妻だったもの>は、その、

<自分の股間から出ている臍の緒で繋がった我が子>

を、鎖のついた鉄球のように振り回し、ギャナンに叩きつけてきたのだ。

『夫が帰ってきてくれた』

と喜んでいた妻の姿はもうどこにもなかった。『ちょうどいい武器だ』とばかりに生まれたばかりの我が子を振り回すその様子には。

そして再度、自分に向かって叩きつけられてきた赤ん坊を躱し、ギャナンは手にしたナイフで<代書人の妻だったもの>の腹を薙ぎ払おうとする。

するが、それも届くことはなかった。ナイフが<代書人の妻だったもの>の腹を切り裂く前に右の蹴りがギャナンを捉えて、彼は、開いた自宅の裏口から中へと蹴り飛ばされた。

家の床を激しく転がり、当然、大変な物音がし、翌日の仕込みの準備を行っていたパン屋の男も、

「なんだ!?」

と声を上げたのだった。

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