神河内沙奈の人生

京衛武百十

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段階的な適応

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自分の体をこれほどまでに見られるということについて、彼女はやはり全く抵抗感を持っていなかった。それどころか、体を見せるくらいで食事にありつけるのなら楽なものだという認識さえ生まれつつあった。

普通に考えればとんでもないことの筈なのだが、しかし彼女の場合においては、段階を経て少しづつマシな環境に順応しつつあるという意味においてはむしろ有効に働いていたと言えるだろう。性的に搾取されなくても生きていける環境もあるということを、彼女は学習しつつあるのだ。

無論、病院に入院していた間や保護施設にいた間もそんなことはなかったのだが、極端な環境の変化に彼女自身が適応出来ずに強く警戒していたところ、そんな彼女を扱い辛いと感じた医師や看護師や職員達が無意識のうちに向けていた負の感情を、敏感に感じ取ってしまっていたのである。その為、彼女にとっては、病院も保護施設もむしろ不気味で居心地の悪い場所でしかなかったのだった。

その点で言うと、この家で見かける人間達はその多くが冷淡で彼女に対して無関心ではあるが、それが故に彼女の存在を疎んですらおらず、同時に彼女にとって分かりやすい交換条件を提示した上で食事と寝床を与えてくれて、さらには風呂まで好きに入らせてくれるという、実に都合の良い環境が整っていたとも言える場所であった。

だから彼女は精神的に安定し、警戒心は持ちつつも無闇に攻撃的にもならずに済んでいるという状態だった。それが彼女にとってどれほど良い影響を与えたのかは、残念ながら詳細に記録していた人間もいなかった為に、せっかくの経験が他に活かされることもなかったのが一番悔やまれると言えるかもしれない。

とは言え、その無関心さが逆に良かったとも取れるのだから、何が幸いするか分からないものである。

食事の後、彼女は勝手に風呂に入っていた。彼もそれを咎めなかった。彼女の為に、深夜以外は常に湯が張られ保温されている。脱衣所も風呂場もドアを開けっぱなしにして、彼女は風呂で寛いでいた。体を洗うということを自分ではしないため厳密に言うと湯が汚れてしまうが、神河内良久かみこうちよしひさが大して気にしていないので実質的な問題はなかった。

なお、彼女は一応、排泄はトイレで行うということは理解している。が、小用については、散々弄ばれていた時に風呂の洗い場で排尿させられたことが何度もあった為に、洗い場でならしてもいいという認識が出来上がってしまっていることは、いずれ改めていってもらわないと少々困るかも知れなかったのだが。

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