神河内沙奈の人生

京衛武百十

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彼女達の年の瀬

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世間のそれとはまるで違ったかもしれないが、今年のクリスマスは山下沙奈やましたさなにとって特別なものになったと言えるだろう。彼女が間違いなく人に近付いているということが確認出来たのだから。

多くの人間は、彼女のような子供が朗らかで子供らしい笑顔を浮かべてこそ人間らしくなれたと思うのかもしれない。しかしそれは、あくまでそこまで回復出来るケースでの話だ。恐らく彼女はそこまで望むことは難しいと思われる。他人と諍いを起こさず平穏に過ごせるようになればそれでもうOKだと考えるべき事例であると言えた。そしてそれが可能な環境が、彼女にはもたらされていた。

これは大きな幸運だと言っていい。誰しもが思う<子供らしい子供>という型に彼女をはめようとするのではなく、彼女なりの社会との折り合い方を模索することを良しと出来る人間に囲まれたことで彼女の精神は安定したのだ。これは本当に大きなことである。

年末年始も、伊藤玲那は神河内かみこうち家を訪れて山下沙奈の様子を注意深く見守ることにしていた。相変わらず他人には理解しがたい微妙な距離感を保った山下沙奈と神河内良久かみこうちよしひさの関係性にも、むしろ安心するものを感じていた。これで変に馴れ馴れしくなっていては、今度は別の心配をしなければいけなくなっていたからだ。つまり、<親しすぎる>ということを。

実は、山下沙奈がここに来る前に一緒に住んでいた藍繪汐治らんかいせきじが、クリスマスの直後に逮捕されたのである。というのも、彼女を学校に通わせていなかったということに加え、網螺春喜あみらはるきと同じように性的虐待を加えていたということが判明してしまったのだ。学校に通わせていなかったことについての家宅捜索で、山下沙奈の裸の画像や彼女との行為を記録した動画などが見付かってしまったことで。証拠隠滅の為に削除した筈が、データ解析及び復元作業により多くが復元されてしまったために言い逃れが出来なくなったのだった。

そのこと自体は、神河内良久も伊藤玲那も予測していたことなので驚きはしなかった。既にそれを想定に入れた形で対応していたがゆえに。むしろ想定通りだったことで対応が適切であったことを裏付ける結果となったと言えるだろう。伊藤玲那のやり方を慎重すぎると批判していた教師の中にも、ほんの僅かだがその考えを改めようとする者もちらほらいたりもした。

しかし、周囲のそんなあれこれは、彼女らには何の関係もなかった。彼女らはもう既に良好な関係を築いていたのだから。

改めて、以前のような性的虐待が行われる懸念がないことを確認出来て、伊藤玲那は安心して新年を迎えられると感じていたのだった。 

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