神河内沙奈の人生

京衛武百十

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3月。定められた別れ

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日差しが柔らかく暖かくなってきた頃、山下沙奈やましたさな伊藤玲那いとうれいなの周囲には、丹上真朱里にかみましゅりだけでなく多実徳英功たみのりえいこうの姿もよく見られるようになっていた。

もっとも、山下沙奈と仲のいい真朱里と違って、英功の目的はあくまで伊藤玲那の傍にいることであり、彼女が山下沙奈の傍を離れないので結果として英功も近くにいるという形になるのだが。ただ、英功がゆっくりしてられるのは主に昼休憩だけである。小休憩の間では精々顔を見せに現れる程度しかできなかった。

それでも彼は、その度に『伊藤先生、こんにちは』と挨拶をするようになり、その視線も以前のようなねっとりと絡みつくものではなくなっていた。単純に好きな先生に会いたいから来ているというのが分かる。その為、山下沙奈の彼に対する警戒心も、他の生徒に対するものと変わらなくなっていた。とは言え、まだ仲間と認めた訳でないことも、彼が姿を現す度にそれなりに緊張することから見て取れた。あくまで、<他の生徒と変わらないレベル>というだけなのだろう。こういうところもまた、彼女がまだまだ人間よりも獣に近い存在だという表れかも知れない。

しかしそれは決して悪いことばかりでもない。彼女が馴れ馴れしく他の生徒に絡んでいこうとしないから、他の生徒も彼女のことを必要以上に意識しないで済んでいるという面もあるからだ。中には向こうから馴れ馴れしく絡んでくる者もいない訳じゃないが、彼女が自分の言ってる話の内容をあまり理解していないと感じると、それ以降は絡んでこなくなるのが殆どだった。なにしろ彼女は、テレビは見ない、アニメもゲームも興味が無い、アイドルもお笑いも知らない、小学校高学年くらいの子供が興味のあるもの殆どに関心を示さないのだ。だから会話が成立しないのである。

今では、やや片言な部分は残りつつも喋ろうと思えば喋ることは出来るのだが、本人がその必要性を全く感じていない。他人と意味の無い会話をする気が全くないのだから、どうしようもなかった。しかも他人に放っておかれる方が彼女にとって都合が良いので、『ノリの悪いコ』と敬遠されるのはかえってありがたかったりもした。

その点、真朱里はただ彼女の傍にいるのが心地良いらしく、しつこく話しかけたりはしない為、彼女との絶妙な距離感を保った関係が成立していると言えるだろう。

だが、残念なことにそれももう長くはないかも知れない。なにしろ真朱里は、四月から中学生。小学校は卒業なのだから。

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