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転生編

心の結び付き

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アーシェスの家のリビングで、ユウカとガゼは、紅茶やお菓子をいただきながらいろいろな話に花を咲かせた。

<書庫>に来るまでの話も自然とできた。

両親に見向きもされなかったこと。幼い頃に痴漢に遭ったこと。学校でも誰からも見向きもされず、自分は生まれてきてはいけなかったと思ってしまったこと。

そして、書庫ここに来て、自分は死んだのだとアーシェスに告げられて絶望してしまったことも。

「…だけど、不思議ですね。今ではそれも何だか<いい思い出>って気がするんです……その経験があったからこそ今があるっていうのが分かるって言うか……」

穏やかな表情でつぶやくようにそう言ったユウカに、ガゼも大きく頷いた。

「分かる! 私もそう思うんだ。

私の両親は私のことを愛してくれてたけど、故郷はずっと戦争ばっかりしてて、人が死ぬのなんて髪の毛が抜ける程度のこととしか思えないようなところだった。でも、そんなのを見てきたからここで人が大切にされるのがどれだけすごいことかっていうのも分かる気がするんだ……!」

そう言ったガゼの視線は、真っ直ぐユウカに向けられていた。彼女は、ユウカに大切にしてもらえていることが本当に嬉しくて、尊くて、かけがえのないものだと素直に感じられた。だがそれは、過酷な境遇にいたからこそ余計にそう感じられるのだというのも実感だった。

「……ユウカもガゼも、ちゃんと幸せなんだね…」

見詰め合う二人を見て、アーシェスは目を細めていた。まさに<母親の瞳>そのものと言えただろう。こうして自分が最後に担当した少女が幸せになれたことを改めて実感できて、

『ああ……私の人生は無駄じゃなかったんだな……』

と心の底から思えた。

そんなアーシェスを、トゥルカーネスが優しく見詰める。

彼もまた、書庫に来る以前には苦しい人生を送り、それを受け止めるまでとても長い年月を必要とした。けれど、やはりその経験があったからこそアーシェスと知り合えて、そして彼女を理解することができたのだと感じていたのだった。



「これでもう、思い残すことはないね……」

ユウカとガゼを送り届けて家に帰ってきたアーシェスを迎え、トゥルカーネスが静かに言った。

「ええ……心残りがないと言ったら嘘になるけど、でも、悔いはない。私はやれることをやったって素直に思える……」

そのアーシェスのつぶらな瞳が濡れて光っている。けれどそれは、悲しいからではなかった。むしろ嬉しいから、満たされているからこその涙だった。

「愛してる…トゥル……」

「僕もだよ、アーシェス……」

若いが間違いなく成人していると見えるトゥルカーネスと、幼い子供にしか見えないアーシェスとでは、知らない人間が見れば奇異にも思えるだろう。

しかし二人は、間違いなく強い心の結び付きを得、自らの人生を生き切ったベテラン夫婦なのだった。

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