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日常編

次元が違う

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『なんか……すごすぎて想像がつかない……』

ヒロキの語る美嘉ねえの人物像は、あまりにも突拍子がなさ過ぎて現実感に欠け、まるで偉人の伝記を聞かされているかのような、お伽話のような印象さえあっただろう。しかしそれは全て事実だった。さすがにプライベートのことまでは無理でも、地球のネットを覗けば美嘉ねえこと星谷美嘉ひかりたにみかという人物の足跡は簡単に追うことができるほどの世界的な著名人だったからである。

何しろ、世界的に大手の新聞社が選定する<今、世界に最も影響を与える十人>という記事においても何度も選出されるほどの人物でもあるのだから。

ただし、その活躍は彼女の<復讐心>がその根幹にあったのだが。

愛する人を、ヒロキを、山仁大希やまひとひろきを奪った、暴力の連鎖、報復の連鎖、復讐の連鎖というものを根底から覆そうというのが彼女の<復讐>であった。銃と爆弾とミサイルでなければ平和は獲られないという固定観念を根こそぎひっくり返すことこそが彼女の目指すものだった。

それほどのことを成し遂げようと考え実行するほどの人間ともなれば、なるほどプライベートでの振る舞いも<普通>でなくてもおかしくはないのかもしれない。並の人間ではできないこと思いもつかないこと思い付いても行動に移せないことを実行できるほどの人間だからこそそれほどのことができてしまうのだろう。

そしてそんな彼女をここまで愛せるヒロキも、おそらく<普通>ではない。

『私とは世界が違い過ぎる……』

ユウカは、あまりに自分とは見ているところが違う彼に、唖然とするしかできなかった。

でも、不思議と彼に対する気持ちは揺るがなかった。普通の女性ならむしろ『キモイ』とさえ言いそうな彼の美嘉ねえへの想いも、ユウカにとっては魅力的に見えた。

『でもやっぱり私とは釣り合わないなぁ……』

けれど、それでよかった。

『ヒロキさんのことは、<憧れ>ってことで納得できそう……』

それと同時に、今、自分の傍にいて自分と一緒に歩もうとしてくれるガゼの存在の大きさを改めて実感できた。

「また来ます」

そう言って喫茶<勿忘草わすれなぐさ>を後にして、ユウカはリーノ書房へと向かった。ガゼを迎えに行く為だ。

「ガゼちゃん。一緒にお風呂に行こ」

従業員出入り口から出てきたガゼに、ユウカは笑顔で声を掛けた。

「うん!」

ガゼが嬉しそうに頬を染めて応える。

これから二人は、ある準備を始めようとしていた。

それは、二人のこれからの人生にとってとても大切なことの準備なのだった。

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