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椿の日常 その10
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「や~い、ツバ~! ツバ~、ペッペッ!」
などと言いながら自分の目の前で煽るようにおどける冠井迅に対して、椿は、
『そんなので気を引けると思ってんのかなぁ……』
と、冷めた視線を向けながら考えていた。
こういう男子が女子から好かれる確率は極めて低いことを示す話はいくらでもあるだろうに、どうしてそこから何も学ばないのだろう。
椿はどうしてもそう思ってしまう。
彼女が好きな洸は、書類上は三十代とは言え、実年齢はまだ二十歳にもなっていない<少年>だ。
でも、彼は、
『女に媚びない=男らしさ』
などとは欠片も思っていなかった。むしろ、他人を傷付けなければ自分の存在感も示せないようなのは、決して『男らしい』のとは違うと思っていた。
だから洸は誰に対しても優しかった。穏やかで朗らかで、柔和だった。
人間など歯牙にもかけない強さを持つ<狼男>、ウェアウルフでありながら。
逆に、強いからこそそれを鼻に掛けないようにしていると言うべきかもしれない。
フィクションでよく、力及ばずに悔しさを滲ませる主人公に強大な悪役が、しつこいくらいに、
『悔しいか? 弱いお前が悪い!』
みたいに見下して嘲ったりすることがあるものの、洸はそれを、
『カッコ悪い』
と思っていた。自分より確実に弱い相手をわざわざそうやって嘲り優越感に浸るのは、実はコンプレックスの裏返しだとしか思えなかった。だから自分はそれと同じことをしたいとは思わない。
ゆえに他人相手に尊大に振舞ったりもしない。尊大に振舞ってマウントなど取らなくても自分の方が強いことは分かっているし。
<強者の余裕>
というものが完全に身に付いていた。
椿は、洸の外見以上に彼のそういう部分が好きだった。
『大好きな父親と同じ器を持っている』
から。
こうなると同年代の男の子なんて、比較対象にさえならない。ましてや、冠井迅のような少年なんて。
バカにするのさえバカバカしい。
もちろん、自分の名前を<ツバ>などと嘲られていい気分はしないものの、そんなストレスは家に帰れば霧散してしまう。
むしろそんな滑稽な真似をしなければ自分を表現できない彼のことが憐れでさえあった。
「…フ……」
椿自身は決してバカにする意図はなかったものの、つい、彼女の口元に思わずこぼれたニヒルな笑みに、冠井の顔がカーッと赤くなる。バカにされたと思ったのだろう。
「なんだお前! バカにすんのか!!」
まるで瞬間湯沸かし器のように感情が沸騰し、
『男をバカにするような女は殴って躾けないといけない』
という父親の価値観を受け継いだ彼のスイッチが入ってしまった。
椿の机がガーンと蹴飛ばされ、彼女は椅子の背もたれとの間に強く挟まれたのだった。
などと言いながら自分の目の前で煽るようにおどける冠井迅に対して、椿は、
『そんなので気を引けると思ってんのかなぁ……』
と、冷めた視線を向けながら考えていた。
こういう男子が女子から好かれる確率は極めて低いことを示す話はいくらでもあるだろうに、どうしてそこから何も学ばないのだろう。
椿はどうしてもそう思ってしまう。
彼女が好きな洸は、書類上は三十代とは言え、実年齢はまだ二十歳にもなっていない<少年>だ。
でも、彼は、
『女に媚びない=男らしさ』
などとは欠片も思っていなかった。むしろ、他人を傷付けなければ自分の存在感も示せないようなのは、決して『男らしい』のとは違うと思っていた。
だから洸は誰に対しても優しかった。穏やかで朗らかで、柔和だった。
人間など歯牙にもかけない強さを持つ<狼男>、ウェアウルフでありながら。
逆に、強いからこそそれを鼻に掛けないようにしていると言うべきかもしれない。
フィクションでよく、力及ばずに悔しさを滲ませる主人公に強大な悪役が、しつこいくらいに、
『悔しいか? 弱いお前が悪い!』
みたいに見下して嘲ったりすることがあるものの、洸はそれを、
『カッコ悪い』
と思っていた。自分より確実に弱い相手をわざわざそうやって嘲り優越感に浸るのは、実はコンプレックスの裏返しだとしか思えなかった。だから自分はそれと同じことをしたいとは思わない。
ゆえに他人相手に尊大に振舞ったりもしない。尊大に振舞ってマウントなど取らなくても自分の方が強いことは分かっているし。
<強者の余裕>
というものが完全に身に付いていた。
椿は、洸の外見以上に彼のそういう部分が好きだった。
『大好きな父親と同じ器を持っている』
から。
こうなると同年代の男の子なんて、比較対象にさえならない。ましてや、冠井迅のような少年なんて。
バカにするのさえバカバカしい。
もちろん、自分の名前を<ツバ>などと嘲られていい気分はしないものの、そんなストレスは家に帰れば霧散してしまう。
むしろそんな滑稽な真似をしなければ自分を表現できない彼のことが憐れでさえあった。
「…フ……」
椿自身は決してバカにする意図はなかったものの、つい、彼女の口元に思わずこぼれたニヒルな笑みに、冠井の顔がカーッと赤くなる。バカにされたと思ったのだろう。
「なんだお前! バカにすんのか!!」
まるで瞬間湯沸かし器のように感情が沸騰し、
『男をバカにするような女は殴って躾けないといけない』
という父親の価値観を受け継いだ彼のスイッチが入ってしまった。
椿の机がガーンと蹴飛ばされ、彼女は椅子の背もたれとの間に強く挟まれたのだった。
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