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第三幕
それが必要なんでしょ?
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『紫音くん、大丈夫だよ。負けたって大丈夫。何度でもできるから』
椿にそう諭されながら、紫音は、
『椿とならゲームの結果が望むものにならなくても癇癪を起こさなくて済むようになっていく』過程を、今度は、智香と来未との間でも経ることになった。
焦らず、急がず。
すると、紫音が他の三人を退けてトップで終わると、
「やったじゃん!」
「おめでとう!」
智香と来未もそう言って彼を祝福してくれた。
「……うん…」
たった一言、そう口にして、ただ頷いただけだったけど、紫音からはとても嬉しそうな気配が発せられていた。
その日を境に、椿と一緒にいる時の彼は、急激に安定していったんだ。
でもその一方で、椿の負担は大変なものだったと思う。紫音と智香と来未の三人を同時に気遣わないといけなかったからね。
だからか、アオが起きている間はずっと膝に座っていたし、寝る時には、僕だけじゃなくアオも一緒にベッドに入ることを要求してきた。
「ダメ……?」
『ママも一緒に寝て』と口にした後で不安げに問い掛ける彼女に、アオは、
「もちろんいいよ。それが必要なんでしょ?」
二つ返事で了承した。そして、椿が完全に寝付くまで彼女に寄り添ってくれた。
僕とアオに挟まれて、椿はようやく安心できたみたいだ。
紫音や智香や来未を受け止めることで生じるストレスを、こうやって僕とアオが癒す。
これが大事なんだ。
医療や介護の現場でもそうだよね? 医師や看護師や介護士も人間なんだってことを蔑ろにするから疲弊してしまう。
『医師だから』
『看護師だから』
『介護士だから』
『どんな理不尽にも黙して耐えろ』
そんな考えの下で何が起こっているのか、知らないわけじゃないよね?
ううん。これは何も、医療や介護の現場だけじゃない。学校でもそうだし、店舗なんかでもそうじゃないの?
『教師だから』
『店員だから』
そう言ってひたすら耐えることを強いてきた果てに何が起こっているのか、知らないわけじゃないよね?
僕達はそれを理解し、現実に即した対応を心掛けてきた。
誰かに負担を押し付けるだけじゃ、そこに新たに問題が生じるだけだって。
紫音のことについては、彼が椿に縋ったから彼女が一番に対処することになったけど、だからといって任せきりにしなかった。紫音のケアは椿が受け持っても、椿のケアは僕達が行う。
もっとも、それ自体、本来なら紫音の両親がするべきことのはずだった。椿にも僕達にも彼をケアしなければいけない理由は、本来なかった。
でも、自分を頼ってきた彼を無下に突き放すことは、椿にはできなかったんだ。
そして彼女をそういう人に育てたのは僕とアオだから、それをフォローするのは僕とアオの役目なんだ。
椿にそう諭されながら、紫音は、
『椿とならゲームの結果が望むものにならなくても癇癪を起こさなくて済むようになっていく』過程を、今度は、智香と来未との間でも経ることになった。
焦らず、急がず。
すると、紫音が他の三人を退けてトップで終わると、
「やったじゃん!」
「おめでとう!」
智香と来未もそう言って彼を祝福してくれた。
「……うん…」
たった一言、そう口にして、ただ頷いただけだったけど、紫音からはとても嬉しそうな気配が発せられていた。
その日を境に、椿と一緒にいる時の彼は、急激に安定していったんだ。
でもその一方で、椿の負担は大変なものだったと思う。紫音と智香と来未の三人を同時に気遣わないといけなかったからね。
だからか、アオが起きている間はずっと膝に座っていたし、寝る時には、僕だけじゃなくアオも一緒にベッドに入ることを要求してきた。
「ダメ……?」
『ママも一緒に寝て』と口にした後で不安げに問い掛ける彼女に、アオは、
「もちろんいいよ。それが必要なんでしょ?」
二つ返事で了承した。そして、椿が完全に寝付くまで彼女に寄り添ってくれた。
僕とアオに挟まれて、椿はようやく安心できたみたいだ。
紫音や智香や来未を受け止めることで生じるストレスを、こうやって僕とアオが癒す。
これが大事なんだ。
医療や介護の現場でもそうだよね? 医師や看護師や介護士も人間なんだってことを蔑ろにするから疲弊してしまう。
『医師だから』
『看護師だから』
『介護士だから』
『どんな理不尽にも黙して耐えろ』
そんな考えの下で何が起こっているのか、知らないわけじゃないよね?
ううん。これは何も、医療や介護の現場だけじゃない。学校でもそうだし、店舗なんかでもそうじゃないの?
『教師だから』
『店員だから』
そう言ってひたすら耐えることを強いてきた果てに何が起こっているのか、知らないわけじゃないよね?
僕達はそれを理解し、現実に即した対応を心掛けてきた。
誰かに負担を押し付けるだけじゃ、そこに新たに問題が生じるだけだって。
紫音のことについては、彼が椿に縋ったから彼女が一番に対処することになったけど、だからといって任せきりにしなかった。紫音のケアは椿が受け持っても、椿のケアは僕達が行う。
もっとも、それ自体、本来なら紫音の両親がするべきことのはずだった。椿にも僕達にも彼をケアしなければいけない理由は、本来なかった。
でも、自分を頼ってきた彼を無下に突き放すことは、椿にはできなかったんだ。
そして彼女をそういう人に育てたのは僕とアオだから、それをフォローするのは僕とアオの役目なんだ。
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