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竜神様の使い

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何度も咳き込んで、ぜえぜえと息を切らせて、その場に蹲って、しばらくたってようやく落ち着いてきたヒャクが、

「!?」

自分が何も身に着けていないことに気付いて、

「何を……っ!?」

僕を睨み付けてそれだけを口にした。

だけど僕は、それこそどうでもいいものを見る目で見下ろしていたと思う。

ヒャクは、たぶん、どこかの人買いか不埒者が自分を攫ってきたとでも思ったんだろう。この時の僕は、人間の男の姿をしていたから。

しかも、ヒャクと出逢った時とは別の姿だったからね。分からなくて当然だ。

「ふん……そんな目ができるならもう大丈夫だな。里に帰るなりどこかで身を投げるなり好きにしろ……」

僕は、思い切り冷たくそう言い放った。なのにヒャクは、自分がいるのが洞のすぐ傍だと気付いて、

「あなたは、竜神様の使いか何か……?」

人攫いの類ではないと察したらしく、裸のまま姿勢を正して恭しい態度を見せる。

「……」

だけど僕はそれには応えずに背を向けて、洞に戻る。

あの程度で逃げるならそれはそれでいい。

なのにヒャクは、汚れた着物を水場で洗い、濡れたそれを持って裸のまま祠のところまで来て、自分が汚したところを着物で拭いて水場に戻り再び着物を洗い、木の枝に吊るして干し、木陰に座って滴る水をぼんやりと眺めていた。

僕はその様子を、洞の上から見下ろす。ヒャクからは見えないように気配を消して。

黙々とそれらをこなすヒャクの姿は、かつての朗らかさは影を潜めていたものの、己の役目を果たそうとする芯の部分については変わっていないようにも感じた。

何気に天を見上げると、日輪は焼けるように照りつけてくる。さりとて、さすがにたっぷりと水を含んだ着物をすぐに乾かすことはできず、待ち呆けているヒャクの腹がぐうぐうと何度も鳴っているのが聞こえる。

もう何日もまともに食べていないんだろう。

だから僕は、土の中に手を差し入れ、そこに蠢いていたものを掴みだした。

蚯蚓みみず>だ。

うねうねと身をよじる何匹ものそれを僕は手の中で磨り潰し、塩の岩を少し砕いて混ぜ、熱を加えつつさらにこね、団子にした。

そうしてできた<蚯蚓《みみず》団子>を持って、洞の前に下りる。

でも、男の姿のままだとヒャクが気にするかもしれないので、体を作り変え、女の姿に。

それからヒャクの前に立った。

ハッと身構えた彼女だったけれど、自分の前に立ったのがさっきの男じゃなく女だったことで少し安堵……

という顔じゃなかった。まさに魂消《たまげ》て、そして、

「…母様! 母様ぁ……!!」

自分が裸だということさえ忘れて僕にしがみついて、

「あああああ…あああぁあぁぁああぁぁーっ!!」

声を上げて泣いたんだ。

それで僕は、作り変えた<女の姿>が、ヒャクの母親の<クレイ>のものだったことに気付いたのだった。

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