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お前に選べるのは

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『弟がもうもたないんだ…!』

こういう時、人間は『口からでまかせだ!』と思うんだろう。確かに口からでまかせで情に訴えようとする奴も多い。けれど、僕には嘘を吐いてるかどうかなんて、すぐに分かる。嘘は必ず表に出る。

中には自分の嘘を本当と思い込んでる奴もいたりするものの、嘘はどこまでいっても嘘だからな。すぐに話の辻褄が合わなくなってボロが出る。

でも、こいつが言ってることは、本当だった。本当にこいつの弟か何か、身近な者が死にかけているのは分かった。臭うんだ。死にかけている者の臭いが。

だから僕は、

「ふん。なら、その弟のところに案内しろ。お前に言ってることが本当なら、味噌を分けてやる」

と言い放った。

「……!?」

そいつはギョッとなって目を泳がせる。その上で、

「ダメだ……」

搾り出すように言った。だけどそれが、

『嘘だから連れて行けない』

という意味じゃないことも僕には分かる。

「私がお前のねぐらを知れば自身番じしんばん番衆ばんしゅうをけしかけるとでも思ってるのか?」

冷たく問い掛けると、そいつはますますうろたえた様子で、落ち着きなく体を動かす。図星だというのがこの上なく明白だ。

僕はさらに告げる。

「お前がそうやって躊躇っている間にも弟は苦しんでいるんじゃないのか? このまま見殺しにするか、私を連れて行くか、お前に選べるのはその二つだけ。他はない」

僕の言葉に、そいつはガクガクと体をふるわせはじめた。どうすればいいのか分からなくなったんだろう。

だから僕は、

「さっさと決めろ! お前は弟を助けたいのか!? 見殺しにしたいのか!?」

気迫を叩きつけてやった。

するとそいつは、姿勢を直して膝を着いて土に頭をこすり付けて、

「頼む! 助けてくれ……!! このとおりだ!!」

と、腹の底から懇願する。

その姿がヒャクのそれと重なって見え、

「なら、さっさと案内しろ……!」

命じていた。頭を下げて僕を縛ろうという魂胆は気に入らないが、こいつももう、後がないんだろう。弟を助けるために折れたんだ。その気概に免じて大目に見てやる。

「は…はひっっ!」

悲鳴のような声を上げながらそいつは立ち上がり、うのていで先を行った。

僕もそいつの後をついて行く。

そうして小半時ほど歩くと、河に掛かった橋のところまで来た。干ばつで干上がっていたであろう河も今ではそれなりに水を湛えて流れている。

そして河の流れに沿うようにして橋の下にいくつもの<小屋>が並んでいた。木の板やボロ布を縫い合わせて仕切りにした、本当に粗末な小屋だった。それの一つを指差して、そいつは言ったのだった。

「弟はこの中だ。味噌を分けてくれ。もう十日も何も食べてないんだ……」

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