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容赦ない陽に焼かれて煮えたその女は、もう、手遅れだった。いくつもの臓腑が煮えてしまっているからな。

もう、丸ごと作り変えないと助からんが、それをするとこいつではなくなってしまう。姿も頭の中身も同じでも、それはもはや<別の人間>だ。

僕が『病は治せない』と言ってるのはそれだ。怪我なら、全部が駄目になる前ならその部分だけ作り直してしまえばいいが、病は、手遅れになると体のほとんどが駄目になるからな。

まあ、手遅れになると駄目なのは怪我でも同じだが。

女も、これでお終いだ。

自分では何もせず、何もかもを他人任せにして、己の怨讐さえ僕に頼って何とかしてもらおうとして、すべてを誰かの所為にして、こいつは、今、こうして力尽きている。

それでも、惚れた男の女房を手に掛けなかったことだけはよかったんだろうな。

そんなことをすれば、避けられるだけではなく、男に恨まれていただろう。

思えばこいつは、他人に迷惑は掛けていたにしても、直に害は与えていなかったとも言えるのか……

愚か者め……

人の世での生き方をもうちょっとしっかり学んでいれば、こうはならなかっただろうにな……

そんな女を見下ろしていると、僕はまた気まぐれを起こしてしまった。

「お前……迎えに来たぞ……」

女に声を掛けながら、僕は手を伸ばしつつ膝を付いた。

女の<想い人>の姿になって。

「あんた……あんた……ああ…やっと……やっと…あの女じゃダメだって…私じゃなきゃダメだって気付いてくれたんだね……」

もう、人間の耳じゃ聞き取れなかったろうけど、僕には、女がそう言ったのが分かった。

それを言い終えて、ほんの僅かに笑みの形を作って、女は事切れた。

そのかおだけなら、それなりに愛嬌のあるものだったのにな。

いつもそのかおをしていられれば、そのかおをして相手を気遣えていれば、きっと、お前を見てくれる奴もいただろうに……

どうしてそれに気付かない……?

気付かせてくれる奴がいなかったのがお前の不運か……

それでも、このかおができたということは、最後の最後に救われたんだろう。

たとえそれが<幻>に過ぎなかったとしてもな。



僕は女の亡骸を森に埋め、洞に戻った。

これでもうあの女に煩わされることはないとホッとしつつ、なんとも言えない気分にもなる。

たぶん、この体の所為だ。あの女が思いを寄せた男は、なるほど、よい男だったんだな。

だが、人間の<器>というものは、己と関わるすべてを愛しみ受け止められるわけじゃない。この男の<器>は、女房を愛しみ受け止めることに費やされていたんだ。

それをわきまえていれば、身の振りようもあっただろうに……

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