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カブリの想い

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『お前達がまっとうに働いているなら、カブリも浮かばれるさ』

僕のその言葉に、娘はハッとなり、両手で顔を覆った。

「カブリ兄さんは、血も繋がらないあたし達のために悪事にも手を染めたんです。孤児みなしごだったカブリ兄さんにはまともな仕事もなくて、なのに兄さんは、同じ孤児みなしごのあたし達を助けようとしてくれた……

そんな兄さんばっかりなんで辛い思いをしなくちゃいけないんですか? 神様は兄さんになんの恨みがあるんですか……」

娘は、手で顔を覆ったまま、声を詰まらせながら、すすり泣くように己の中にあったものを吐き出した。

僕に絡んで仲間が捕らえられた時、一目散に逃げたカブリの姿を思い出す。自分が捕まったら弟妹達が生きていけないと思えばこそのそれだったんだな。いやはや、<獣>としてはむしろ正しい行いだ。

そんなカブリの<想い>をこいつらもちゃんと汲んでいるか……

お前の命は無駄にはなっていないぞ、カブリ。

それは紛れもない救いだろう。

だからといって、僕がこいつらを救ってやる道理もない。ないが、

「これから街はもっと栄えるだろう。そうすれば仕事も増えて多少は稼ぎも増える。そうすればミブリと夫婦めおとにもなれるさ」

と告げてやったら、

「え…っ!?」

娘は思わず顔を上げて泣きはらした目で僕を見て、

「ど、どうして……!?」

分かりやすく狼狽えた。

どうしてもなにも、ミブリを見送った時のかおを見ていれば分かりすぎるくらい分かるというものだ。

こいつは、兄妹のように育ったとはいえミブリのことを今では男として見て、気持ちを寄せてるわけだな。だからこそ、こうして女房のようにミブリを支えてると。

もっとも、当のミブリはそれに気付いていないようだが。しかも、ヒャクに惚れるとか、難儀な奴だ。

だから僕は合わせて言ってやったんだ。

「そう遠くないうちにミブリは女にフラれて落ち込むだろう。その時もしっかりと支えてやればさすがにお前の気持ちにも気付くだろうさ」

でもこれには娘も戸惑い、

「それはどういう……?」

と問い掛けてきたが、

「実は、カブリの顔を見に来たのもそうなんだが、ミブリが入れ込んでる娘のことで私もちょっと思うところがあってな。その娘としてはミブリに想いを寄せられて困っているもんだから、あいつの想いが実を結ぶこともないわけで、ただ単にフラれるだけではいささか忍びないとも思ってたところに、お前のことが分かったんでな。これで心置きなくフってやればいいというもんだ」

そう返してやった。なのにその娘は今度は、

「そんな言い方……」

などと不満げな様子に。

ミブリを悲しませることが許せないらしい。

やれやれ。あの日、飢えた獣そのものの目で私を見ていたくせに、ミブリと同じくずいぶんと情の厚いのに育ったものだ。

カブリがそれだけこいつらのことを愛していたということだろうな。

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