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もえぎ園

トイレ

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「私は、時に厳しいことも言います。優しいだけの人間じゃありません。でも、代わりといっては何だけど、見捨てることもしない。それがたとえ、警察の厄介になるようなことでもね」

宿角蓮華すくすみれんげは、事あるごとに職員や子供達に対してそういうことを言う。実際、かつて自動車で死亡事故を起こした職員もここにはいる。普通ならば交通刑務所に入ったりしているうちに解雇されたりするものだろうが、蓮華は敢えて休職扱いとして、出所後すぐに復帰を認めた。

そして、その職員に対して言った。

「これは、あなたを甘やかす為に行った処置じゃない。あなたはこれから、生涯にわたって遺族に対して償いをしていかなければならない。あなたがしっかり遺族に補償を行う為には、確実な収入が必要になる。

忘れないで。これは遺族の為の処置だということを」

蓮華の言葉を受けてその場に泣き崩れた職員も、今なお悔恨の日々を送りながら園で働いている。

事故や事件など、法を犯したものでさえ、その事実を自ら反省し、改めると誓うなら、決して見捨てはしない。そんな理念に賛同した人間達の寄付も受けて、<もえぎ園>は運営されていた。その寄付を出した者達の中にも、多くの園出身者がいる。そういう形で恩を返そうというのだろう。

それくらいだから、LGBTであっても忌避したり遠ざけたりしない。放り出したりもしない。むしろそういう事情を抱えた人間こそがこの世界と折り合いをつけて生きられるようになる為には、道を指し示さなければならないのだから。

「まあ、別に煩いことを言うつもりはないわ。人として当たり前のことを守ってくれてる限りは大丈夫よ。

ただ、うちで暮らす以上は家族のような扱いになるから、そのつもりで。

という訳で、トイレは男女共用だから」

そう。<もえぎ園>では、トイレは原則男女共用である。大人用子供用の区別もない。単純な話だ。普通の家では男女別になっているところの方が例外だろう。そういうことだ。

ただ、それでも中には『どうしても無理』という者はいる。そういう者の為に、一ヶ所だけ、他の人間は利用せず、『本当にどうしても無理』という者だけが利用を許されるトイレがある。ただし、そのトイレを利用する者自身が清掃を担当するのが条件になるが。

まあ当然だろう。自分の為だけに用意されたものなのだから、維持管理も当人が行うのが基本ということだ。

ちなみに他のトイレは職員と入所者が持ち回りで清掃している。自分が使うものは自分が綺麗にする為に。もちろんそれは、園長である蓮華も例外ではない。

と言うより、蓮華はいつも、誰よりも早く仕事を始めて、トイレも朝一番で全部綺麗にするのが日課であった。

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