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宿角蓮華

矯正教育

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この時、宿角蓮華すくすみれんげは二十七歳だった。しかしその体はおよそ十歳くらいの子供のそれとしか思えない幼いものだった。だから大人の男の拳などを食らえばひとたまりもない。

なのに、蓮華は呻き声一つ上げなかった。それどころかギッと男を睨み付けさえした。その目には怯えの色などはまるでなかった。

だがそれがまた男の癇に障ったのだろう。

「なんだその目は!? それが目上の者に向ける目か!?」

と声を荒げながら今度は目を殴った。蓮華の頭が弾かれるように跳ね、首が折れるかと錯覚させるほどにのけ反った。

さすがに意識が飛んだように呆然となったが、それでも彼女は泣き言一つ口にしなかった。

「こういう子供を躾けることこそが大人の役目だ。我々で正すべきだ…!」

この時、その場にいた人間達に、蓮華のことを『可哀想』だとか『助けなければ』と考える者は一人もいなかった。

当然だ。彼らにとってこれは<正当な行為>なのだから。大人を敬えない子供を矯正し大人に従順なものに躾け直すことは子供自身の為にもなる。まさしくこれこそが<救い>であり<教育>なのだ。それでこそこの生意気な子供も救われ幸せになれると、彼らは本気で思っていたのである。

しかし、彼らの目にはものの本質というものがまったく見えていなかった。目先の情報だけですべてを分かったように思い込み、蓮華が既に二十七歳の成人女性であることを知ろうともしていなかったのだから。

僅か十歳程度の子供がこのような苛烈な暴力を前にしてそんな表情ができる訳がないだろうに。

男達は鋏を持ってきて蓮華の髪をそのまま引き抜かんばかりに引っ張り上げ、無造作にザクザクと切り捨てていった。彼女の頭は見る間に無残な有様になり、よくある<落ち武者>のイメージの方がよほど可愛げがあるような姿となった。

その間も蓮華は口を閉ざし何も言わなかった。いや、その目からは意志の光が消えうせてさえいた。

だがそれは、心が壊れたとかそういうのではなかった。彼女は自ら強い自己暗示で心を閉ざし、この状況を耐えることにしたのである。

たとえ殺されようとも、彼らに対して屈服しない為に。

常軌を逸しているとさえ言っていい凄まじい精神力であっただろう。しかしこれも、蓮華にとっては自身が背負おうとしていることを思えば当然のことでしかなかった。

彼女がそれほどの境地に至っていることさえ男達は気付くこともなく、殴り、蹴り、床に叩きつけ、鋏やカッターナイフで彼女の体を傷付けた。

この生意気な子供を屈服させ、泣いて自分達に許しを請うように仕向けようとしてのことであった。

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