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獅子倉龍二

辞職願

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警察や検察というものは、基本的には法律に基づいた社会秩序を守る為に存在するのであり、実は必ずしも<正義>を守る為に存在するのではない。

社会秩序を守ることが<正義>だと定義するならなるほど正義を守っているとも言えるかもしれないが、しかしその『社会秩序を守ること』そのものが果たして誰の為であるのかという点において、時には切り捨てられる者が出てくることもまた、事実なのだろう。

では、その<切り捨てられた者>から見れば、警察や検察は果たして<正義の味方>に見えるものなのだろうか。



獅子倉龍二ししくらりゅうじはその日、<辞職願>を懐に忍ばせ、上司の下を訪れていた。それは、彼の覚悟そのものを表していると言えるだろう。

「課長。お話があります……」

険しい顔でそう切り出した部下に対し、神経質そうな顔つきをした上司は不快感を隠すこともなく、

「私の方は君と話すことなどない。これはもう決まったことなのだ」

と吐き捨てた。

その上で、

「獅子倉君。君は確かに優秀だ。これまでの君の働きには目を見張るものがある。

しかしね、我々は警察官である以上に、組織の一員であり歯車なのだよ。警察官という存在は、組織があってこそその立場もある。だから組織は守られなければならない。それなくしては、我々は警察官たりえないんだ」

などと、いささか芝居がかった物言いで、諭すように言った。

だが、その言葉は獅子倉龍二の心には届かない。彼の決意を揺らがせることはできなかった。

「では私はこれより、警察官ではなく一個人として今回の件を告発させていただきます」

そう告げながら<辞職願>を上司の机の上へと置いた。

上司はそれを一瞥し、一層、不快そうに口元を歪めながら言った。

「獅子倉君。残念だよ。君にとって警察官という仕事は、こんな風に簡単に投げ出せる程度のものだったんだね。

私は君のことを買っていたんだ。君ならきっと、我々の組織を背負って立つことができると。そんな私の期待に対する答えがこれか。私に人を見る目がなかったと、私はその程度の人間であると、君は言うんだね?」

言い含めるように、諭すように言葉を紡ぐものの、しかしそこに込められているのは厭味と恨み節だけであったのは誰の目にも明らかだっただろう。

そして、

辞職願これは受け取れない。私の信頼を裏切った君にはもっと相応しいものがある。楽しみに待っていたまえ」

と、呪いともとれる捨て台詞を、背を向けた獅子倉へと投げかけたのだった。

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