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学び

普通じゃないことが普通

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なお、もえぎ園では、赤ん坊については積極的に養親との養子縁組を進めるようにしている。

以前、援助交際が原因で妊娠し、もえぎ園が秘密裏に運営するシェルターで出産した間倉井好羽まくらいこのはの息子である藤田健人ふじたけんとも、元もえぎ園の園児だった養親の下に引き取られ、現在は篠崎健人しのざきけんととなっている。

基本的に園に残っているのは、本人の希望で敢えてここに残っている者と、養親では対処が難しいと見られる児童がほとんどだった。

既に明確な自我が芽生えている年齢ともなるとここの居心地が良いらしくて、よほどの場合でないと離れたがらないのだ。

また、<養親では対処が難しい事例>という意味では、現時点では守縫久人かみぬいひさとの件がそうだろう。彼自身は決して暴力的だったりはしないものの、世間のLGBTに対する理解は決して進んでいるとは言えず、そういう意味で個人の家庭単位ではやはり対応が難しいと言わざるを得ないと思われる。

そういう意味で、久人ひさとのような事例についてはやはりもえぎ園として対処することになるということだ。

とは言え、久人ひさとももえぎ園にいる限りは自身のトランスジェンダーについて思い悩んだりせずに済んでおり、同時に、自身が世間から理解されていないという事実についても徐々に向き合うことができるようになってきているので、一見すると何の問題もないように見えるだろう。

小学生で妊娠したという灯安良てぃあらのことを気遣える程度には精神も安定している。

が、それでも、久人ひさとからしても小学生で妊娠というのはショッキングな話だった。

「僕には理解できません……」

灯安良てぃあら阿礼あれいが来たばかりの頃、園長室で宿角蓮華すくすみれんげに対して漏らしている。

そんな久人ひさとに対して蓮華は言った。

「そう。理解できない。あなたにはあの子達の気持ちは理解できない。だけどそれは、他人があなたのトランスジェンダーというものについて理解できないのと同じことよね。

だからあなたは、『理解されない』ということがどういうことかを知ってるんじゃない? だとしたら自分がどういう風に接してもらえたらありがたいか考えてみるのが近道かもね」

そう言われて、久人ひさともハッとなった。

『そうか……僕と同じなんだ……』

それに気付いたことで、下手に同情的に接することは避けようと思えた。腫れ物に触れるような同情的な態度を取られると余計に惨めになるのを知っているから。

ただその人をその人として接すればいい。

小学生で妊娠するなど確かに<普通>ではないかもしれないが、それはトランスジェンダーである自分も同じ。

けれどここでは誰もが<普通>なのだ。普通じゃないことが普通なのである。

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