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本当に運が良かった

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宿直の職員用の風呂に阿礼あれいと一緒に入った灯安良てぃあらは、その華奢な体には明らかに不似合いな大きな腹を抱えて、高齢者の介護などにも使われる、座面の高さが普通の椅子と変わらない、背もたれと手すりも付いた風呂椅子に、大儀そうに腰かけた。

灯安良てぃあら……」

そんな彼女に、阿礼あれいが穏やかに声を掛ける。けれど、精神的に余裕がなくなっていた彼女にはその気遣いも届きにくくなっていた。

「あ~……」

面倒臭そうにそう返すだけである。

『赤ちゃんができるって、こういうことなんだ……』

阿礼あれい灯安良てぃあらの姿を見て改めて思う。

正直、自分達の可愛い可愛い家族として笑顔で迎えればいい、自分達にはそれができると軽く考えていたのは否定できない。大変なのは分かっていたつもりだったけれど、それは所詮『つもり』でしかなかったことを思い知らされる。

こうなればそれこそ自分達だけではどうすることもできない。

その現実も、突き付けられる。

もし、ここじゃない他の施設に収容されていたとしたら、果たしてどうなっていただろうか……?

ここが、『普通じゃない』くらいに特殊な事情を抱えた子供達への対応に特化した施設だということは、まだ小学生の阿礼あれいにも察せられた。他の施設であればここまで丁寧な対応はしてもらえなかったに違いない。

それも分かってしまう。

しかし、そんなここでさえこれだけ大変なのだから、そうじゃないところにいたとしたら、果たして今日まで無事にやってこられたのだろうか……?

こんな風に自分に灯安良てぃあらの世話を任せてもらえることもなかっただろう。そうなると灯安良てぃあらはきっと今よりもっと酷い我儘を言い、傍若無人に振る舞っていただろう。彼にはそれが容易に想像できた。

『そうなったら、また、逃げなきゃいけなかっただろうな……』

そんなことさえ考えてしまう。そして大人達は、

『もう面倒見きれない!』

と匙を投げていたに違いない。

『僕達は、本当に運が良かった……』

とも、灯安良てぃあらの頭を洗いながら考えていた。

灯安良てぃあら……僕達はそろそろ、ここの大人達に対する見方を考えなきゃいけないのかもしれないよ……』

声には出さず、心の中で話し掛ける。

それは、本心ではまだ信じ切れていない自分自身に対するものでもあった。

大人は信じられない。けれど、世の中には信じても大丈夫な大人もいるのかもしれない。

そうも思うのだ。

だけど、そう考えつつも信じることが怖いというのも事実だった。

「……」

そして阿礼あれいがそんなことを考えている間、灯安良てぃあらはふうふうと息を吐きながら、ただ耐えていたのだった。

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