上 下
358 / 535

以心伝心は確かにすごいかもしれない

しおりを挟む
夕食を終えて後片付けを済ませて、簡単にだけど家の掃除も済ませると、アルカセリスは寮に帰っていった。

それから私は、エマと一緒に使用人用のお風呂に入るために、奴隷小屋に向かった。

「開けるわよ」

返事は確認しないでガバッと扉を開けると、もう足音で私だと気付いてたんだろうな。エマが床にひれ伏して待ってた。

「それはいいからお風呂に入るよ。とっとと来て」

私がそう声を掛けたら、さすがにもう慣れてきたのか、戸惑う感じでもなくスッと立ち上がって、ついてきてくれた。

そして一緒にお風呂に入って、いつものように彼女の傷跡をマッサージしながら、

「今日、あなたも見たとおり、私は仕事に集中してると指示を忘れることがあるから、しばらく待ってても指示がなかったら、『ご指示を』と声を掛けなさい。それは、私に対しては不敬には当たらないから。

たまに虫の居所が悪かったりするときつい言い方になったりするかもだけど、それはあなたのせいじゃなくて、単に私の問題だから。気にするなって言っても気になるかもしれないけど、とにかくあなたのせいじゃないことだけは確か。

いい? これは命令よ。私の虫の居所が悪くて機嫌が悪かったとしてもあなたのせいじゃないから、指示がない時には『ご指示を』と声を掛けなさい。

分かった?」

と、ゆっくりと、言い含めるように話す。

そうだ。

『言わなくても分かれ』

じゃなくて、分かるように伝えるのが大事なんだ。

『言わなくても分かるハズ』なんてのは、伝える努力をサボるただの甘えに過ぎない。相手が自分の気持ちを分かってくれてるハズ、考えを分かってくれてるハズという、自分勝手な願望に過ぎない。

それが原因で失敗した人もたくさん見てきた。子供の頃からも、大人になってからも。

自分が伝える努力を怠ったのに相手に伝わってないからって怒るのは、単なるワガママだと私は思ってる。

以心伝心は確かにすごいかもしれない。傍目にはカッコいいかもしれない。

でもそれを当たり前だと思うのは、アニメでやってることを本当だと思い込む子供の考え方だと思う。

大人なら、そんな都合の良い話は滅多にないって分かった方がいいと思う。それが自分自身のためでもある。自分の思ってることが自分の気持ちが上手く他人に伝わらないことでいちいち凹んだり腹を立てたりしなくて済むようになる。

少なくとも私はそう考えるようになってからは、ストレスが減った。

『伝わらないのが当たり前』

だと思うからこそ伝わってなくてもそこまで腹は立たないし、具体的な対処ができるんだ。

『言わなくても分かってくれるハズ』

で失敗した例なんて、この世には無数に溢れてるよ。そういうのを参考にしなくてどうすんの? って感じだね。

しおりを挟む

処理中です...