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認識のズレ

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それまで得られなかったものを手にしてしまったことで依存するようになるのは、まあ、自然な流れだったかもしれん。

ただ、

『御主人様……?』

一緒にベッドで寝るように命じた主人は、トレアに何をしてくるでもなく、なるべく体が触れないようにということか、体をベッドの端に寄せて小さくなって寝息を立て始めた。

『御主人様……どうして……?』

自分に向けられた背中を見て、トレアは寂しそうに声に出さずに問い掛けた。せっかく奉仕できると思ったのに……

ということだな。

『私には、その価値がないということですか……?』

寂しさで胸が締め付けられるのを感じつつ、しかにそれを口にはできず、トレアは込み上げてくる涙を拭くこともできずに縋りつくようにして眠ったのだった。

が、翌朝には、藍繪正真らんかいしょうまは普通にしていた。これまで通りのしかめっ面だが、トレアにとっては見慣れた様子だったので、

『昨日はきっとお疲れだったのですね……ああ、気付いて差し上げられなくて申し訳ございません。こんな奴隷では御主人様に使っていただけなくて当然ですね……』

と、自分が主人の体調を察することができないような未熟者だったから駄目だったのだと言い聞かせて、主人のために自分を磨かねばと気持ちを新たにしていた。

もっとも、当の藍繪正真らんかいしょうまにしてみれば、単に自分が負い目を感じるのが嫌だったというだけでしかなく、必ずしもトレアのためではなかったのだがな。

加えて、やはり小児性愛者だと思われるのが嫌だったというだけでしかない。

それだけのことだ。

その辺りの認識のズレはありつつも、藍繪正真らんかいしょうまとトレアの暮らしは平穏そのものだった。

なお、この近所には、二人と同じような小屋に住んでいる者達もいたものの、それぞれの小屋は百メートルほど離れている上に背の高い雑草の影に隠れるようにして建っているため、いわゆる<近所付き合い>と言えるようなものはほとんどなかった。

と言うのも、その多くがいわゆる<脛に傷を持つ身>だったり他の土地から逃げてきた難民の類いだったりして、基本的にそれぞれあまり他人と関わりたくないという感じだったのだろう。

それは藍繪正真らんかいしょうまにとっても都合がよく、自分からは関わろうと考えていなかった。

しかし、

「…? あ、こんにちは」

いつものように野草を摘んでいたトレアがふと気配を感じて振り返ると、背の高い雑草の陰から慎重に様子を窺うようにして覗いている小さな人影に気付き、声を掛けた。

「!」

するとその人影は驚いたように体をビクンと反応させ、草の影に隠れてしまった。

どうやら他の小屋に住んでいる子供のようだった。一瞬だが、その顔には大きな痣があったのが分かった。

『そうか……あの痣のせいで……』

トレアには察せられてしまったのだった。

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