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それくれ…!

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『こんなに早く閉まるのかよ…!』

藍繪正真らんかいしょうまは思ったが、まあ無理もない。ここは船の発着がある間だけ賑わう場所だ。それが終われば商店など開けておく理由もない。

『ったく、トレアの靴を買おうと思ってたのに……!』

そう焦る藍繪正真《らんかいしょうま》の目が、ある商店を捉えた。

その店の前で男が二人、げらげらと笑いながら話をしている。どうやら話し込んでいることで店を閉めるのが遅くなってしまったようだ。

それは、いわゆる雑貨店のようだった。売り物になりそうなものなら何でも扱う、<よろずや>とも呼ばれる業態の店だろう。

『よかった……!』

思わず笑みがこぼれるのを感じながら、

「それくれ…!」

と、店主らしき男に、藍繪正真らんかいしょうまは店先の商品を指差しながら言った。

「お、おう…まいどあり」

いきなり現れたみすぼらしいなりの客に戸惑いながらも、店主は銅貨五枚で商品を渡してくれた。

それは、中古の、サンダルのような履物だった。



裸足だったトレアのために、藍繪正真らんかいしょうまは、中古のサンダルのような履物を買った。何かの動物の皮で作られ、何度も修理が行われた跡のある、現代日本人にはゴミにしか思えないようなものだったが、それでも裸足でいることも多い奴隷には贅沢だったかもしれん。

「これ履け…! 命令だ…!」

<命令>という形にしないとトレアはとにかく遠慮するのが分かったことで、藍繪正真らんかいしょうまは『命令だ!』と付け加えることが癖になっていた。しかしそのおかげで、

「私なんかのために、本当にありがとうございます……」

地面に膝をついて深々と頭を下げながらも、トレアはすんなりと受け取ってくれる。

「気にすんな。俺が見ててなんか痛そうで嫌なだけなんだよ…」

視線を逸らし、憮然とした態度ながらも主人にそう言われ、トレアの胸がまた熱くなる。

もっとも、本人は慣れているからいいとしても、藍繪正真らんかいしょうまにとっては、まだ小学校に通ってそうな少女が常に裸足でいるのを見るのは、痛みが想像されてしまって本当に嫌だったというのも正直なところではある。

だからトレアのためという以上に、自分自身のためというのは本音だったのだ。

それでも、トレアが嬉しそうな表情をしているのを見るのは、悪い気はしなかった。

そうして早速、トレアは買ってもらったサンダルを履いた。これまでほとんど靴の類など履いてこなかったので違和感はあったものの、

『主人が自分のために買ってくれた』

のがとにかく嬉しくて、体が震えるほどだった。

「寒いか? もっと着るものが要りそうだな」

嬉しくて震えているのを寒くて震えていると解釈した藍繪正真らんかいしょうまがそう訊いてきたのを、

「あ、いえ、大丈夫です…!」

トレアが慌てて訂正する。なのに、主人の方は、

「本当か? 無理すんなよ。お前が無理してると俺が気分悪いんだ」

と訝しむ。

それがまた、少女にとっては、

『ああ…御主人様がこんなにも私のことを心配してくださっている』

という嬉しさに直結するのだった。

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