あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない

京衛武百十

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ドムグ

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「上手くいったね」

鼠色の毛に覆われた顔で、イティラがニッと笑う。いつものように二人で連携して首尾よく獲物を仕留めたのだ。

「ああ、ありがとう……」

相変わらず陰鬱な様子のウルイに対して、イティラはすっかり明るくなっていた。子供らしいあどけなさの中にも快活さが見て取れる。

もっとも、それはウルイの前だけだが。たぶん今でも、ウルイ以外の者の前では警戒してしまって静かになってしまうだろう。

とは言え、ウルイ以外の者となど顔を合わすこともないので、何も問題ないけれど。

そんな二人は、仕留めた鹿をその場で捌き始めた。毛皮を剥いで解体し、火を起こしてさっそくその場で焼いて食べる。

腹が満たされると、鹿の毛皮と、持てるだけの肉を持って家に帰る。

持ちきれない分は、他の生き物達への<おすそ分け>だ。特にこの辺りを縄張りにしている狼達には、<隣人>として敬意を払っている。

もちろん、互いに命を狙い狙われする敵同士でもあるが、必要以上には敵対しない。獲物のおすそ分けも、その一環である。

そういう人間としての気遣いがどれだけ狼達に伝わっているのかは定かではないものの、少なくとも互いに距離を保つことができているのは確かだ。

けれどこの日は、ヤバい気配がする。

「ウルイ……!」

先に気付いたのは、やはりイティラだった。

「あいつだ……!」

緊張した彼女の声に、ウルイも察した。

「<ドムグ>……」

<ドムグ>

ウルイが口にしたその名は、例の<怪物のような鹿>のことである。彼の故郷の言葉で、

<角を持つ怪物>

を意味する単語だった。

昔話に出てくる怪物なのだが、そこで語られている特徴が完全に<怪物のような鹿>そのものなので、もしかすると昔にも似たような鹿と遭遇した者がいて、それが誰かに語って聞かせたものが<昔話>の形で残ったのかもしれない。

ちなみに、その内容は、

『ある狩人の男が、山を挟んだ隣村に住む恋人に会いに行こうとすると、ドムグに邪魔をされてやむなく引き返した。

その次に会いに行こうとした時も、さらにその次も邪魔をされ、男は恋人に会いに行くことができなかった。

そうこうしているうちに恋人の方は縁談が決まってしまい、焦った男はロクな準備をせずにドムグに挑んで返り討ちにされ、恋人は失意の中、親が決めた相手と結婚する』

という、少々、救いのない話である。

ただ、この話は、

『大切なものを手に入れたいなら、万全の準備をし、その上で勇気をもって挑め』

という教訓を含んだものであるらしい。

そしてこの昔話は、例の鹿を<ドムグ>と呼ぶことにした理由として、ウルイがイティラにも語って聞かせている。

それが、ドムグに対するイティラの気持ちの素にもなっていたのだった。

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