絵里奈の独白

京衛武百十

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リストカット

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「山下さん、もし私たちが、彼女のリストカットを止めさせてあげられてたら、彼女はまだ生きてたと思いますか…?」

玲那は真っ直ぐに山下さんを見詰め、そう問い掛けていた。そんな質問、彼にとっては迷惑でしかないと思う。彼にとっては何の関係もない話だから。だけど私は玲那を止めることができなかった。それはたぶん、私自身が本当は訊いてみたかった質問だから。

「……」

だけど、山下さんは目を伏せて黙ってしまって答えてはくれなかった。

分かってた。こんなこと、彼にだって答えられないって。そんな<たられば>なんて意味ないって。時間は決して巻き戻らないし、やり直すことなんてできないから。

それにもし、強引にでも止めさせてたとしても、それが正解だったのかは分からない。私が香保理にリストカットを止めさせたくて泣きながら叩いた時の、血まみれで『ごめんなさい…、ごめんなさい…』って何度も謝った香保理の姿を思い出すと、無理に止めさせることが根本的な解決になるとは思えなかった。リストカットを止めさせても余計に危険な他の何かに変わってただけかも知れない気さえした。

根拠なんて何もない。ただ、そんな気がするだけ……。

長いような短いような沈黙の後、玲那がまた口を開く。

「…山下さんは、沙奈子ちゃんの体にある傷のことは、もう気付いてますか?」

その言葉に、私はまたハッとなってしまった。今それを言うの?って。

でも思わず少しだけ視線を上げた時、山下さんもハッとした表情になってるのが分かった。その表情で私にも察せてしまった。

「やっぱりちゃんと気付いてくれてたんですね……。

私たちも、海に行った時のシャワーで気が付きました。あの時はあんまり軽々しく触れるのはマズいかもと思って言わなかったんですけど、山下さんがちゃんとそれを気付いてくれる人で良かった…」

真っ直ぐ彼を見詰める玲那が、フッと微笑むのが感じられた。今度ははっきりと。柔らかくて優しい笑顔だった。

「私たちは沙奈子ちゃんに嫌われてるから直接関わろうとするのは控えようと思ってます。その代わり、沙奈子ちゃんを守ってあげられる山下さんの力になりたいと思うんです。

だからこれからも、もし何か困ったことがあったら力にならせてください。お願いします」

玲那がそう言って頭を下げて、だから私ももっと頭を下げて、彼にお願いした。玲那の言うとおりだった。私のことも彼女のことも香保理のことも、沙奈子ちゃんが救われることで何か意味が生まれるような気がしてたから。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

そう言って深々と頭を下げる山下さんに、私はまた涙が止まらなくなる。

だって、全てが受け入れられたような感じがしたから……。

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