絵里奈の独白

京衛武百十

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廻る命

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「ねえ、この口紅の色って可愛いかな?」

仕事の後、近所のコンビニで口紅を手に取って訊いてきた玲那に、「可愛いと思うよ」と応えながら、私は顔がほころぶのを感じてた。たぶん、山下さんに見てもらう為に可愛いかどうかを気にしてるんだろうけど、コンビニの口紅で済ましちゃう辺りが彼女らしいなって。

私もこれまではコンビニので十分だったけど、最近はちゃんと化粧品売り場のある大型スーパーまで買いに行ったりもしてた。って、別に彼に見てもらう為じゃないよ?。ただ何となく、もうちょっと気を遣った方がいいかなって思ったりしただけで…!。

英田あいださんのお子さんのことは気にしすぎないように気を付けるしかないと思った。私達がいくら気にしても仕方ないことだから。

香保理かほりのことはもう大丈夫って気がする。もちろん今でも辛いし胸が苦しくなるし涙も出てきちゃうけど、何だろう、自分がこうして今でも生きてることについて罪悪感みたいなのはすごくマシになった気がするの。彼女が亡くなったのに私が生きてることをまるで悪いことのように感じていたのに、それが随分と軽くなったって言うか。

そして、彼女が私の一部になってるってすごく実感がある。彼女の姿を真似なくても、香保理のことを今までよりもっと身近に感じられる気がするの。私が生きてる限り、香保理も私と一緒に生き続けるって言うかさ。

まさかこんな、ドラマで出てくるようなセリフを自分が思うようになるとはって気恥ずかしくなる。でも、それが嫌じゃない。そういうのが自然と胸に染みてくる。

香保理。私はこれからも生きてていいんだよね……?。



翌朝、コンビニで買った口紅をさっそくつけた玲那が、三代目黒龍号に跨って「おっはよ~」と声を掛けてきたから、一緒に会社の正門をくぐった。

香保理が亡くなっても、英田さんのお子さんが亡くなっても、この世は何事もなかったかのように存在するし毎日はこうして廻っていく。死は決して特別なことじゃなく、あくまで世界の理の一部なんだっていうことだって分かる気がする。

だからこうして何事もないかのように続くことがむしろ当たり前なんだ。すべてはただ廻り廻ってるだけなんだから。

それが分かっても、人間は感情を捨てることはできない。大切な人を喪った痛みは消えてなくならない。ただそれと向き合うことができるようになるかどうかだけ。

英田さんもいつか、お子さんが亡くなったことと向き合えるようになるんだろうか……。

『そうなるべきだ』なんて私には言えないけど、お父さんが苦しんでる姿をお子さんが喜ぶのかなとは、思ってしまうのだった。

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