絵里奈の独白

京衛武百十

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スタート

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正直、何一つ納得できない感じだったけど、でも取り敢えずその場は納得するしかない感じだったから、もう深くは考えないようにした。

それに沙奈子ちゃんが出るハードル走がもうすぐ始まるということで、玲那が、

「どうします?。ゴールの方に行ってみます?」

って山下さんに声を掛けてた。

私達がいる場所はスタート地点近くで、ゴールは逆方向だった。せっかくだから沙奈子ちゃんが頑張って走り切ったところを見届けたいって思った。

「うん、そうしよう」

彼が応えると、さっそく移動する。生徒数が少なくてその分父兄の数も少なくて、混雑もそれほどじゃなかったから移動は楽だった。

場所取りに必死にならなくて済むのはいいな。私が小学校の頃には、それで父兄同士が揉めてたことがあった。子供達の前でいい大人が詰まらないことで諍いを起こしてた。そんな大人の姿に私はうんざりしてたのを思い出す。

ゴールのところに来ても、余裕でカメラで狙えるくらいの人数だった。周りを見ると、星谷さんが依頼したっていうカメラマンもゴールに向けてカメラを構えてるのが分かった。

その時、

「あ、山下さん」

って、彼の名前を呼ぶ声が聞こえた。思わず振り返ると、そこには山下さんよりは明らかに年齢が上の、たぶん四十代半ばくらいかなっていう、穏やかな表情をした男性が立ってた。雰囲気がどことなく彼に似てる。十年くらい経つと山下さんもこんな感じになるのかなっていう印象が。

「どうも、こんにちは」

彼が安心したみたいな表情で挨拶してたから、私と玲那も「こんにちは」って気軽に挨拶できた。

「こちらは山田さんと伊藤さん。沙奈子のお姉さん代わりの人です」

山下さんはその男性に私達をそう紹介してくれた。正直、それで通じるのかなって思ったりもする紹介だった気もするけどその人も察してくれたみたいに穏やかに笑ってくれてた。

「そうですか、はじめまして。山仁やまひとと申します」

と言ったその男性に合わせて彼も、

「大希くんとイチコさんのお父さんです」

って紹介してくれた。

なるほど、あの男の子の。何となくだけど納得できたような気もした。あの男の子のお父さんなんだなって。

一通りの挨拶を追えるとちょうどハードル走が始まって、私達はグラウンドに振り返ってた。

パーンとピストルが鳴って、一組目がスタートしたところだった。

子供達が頑張ってる姿が見える。ゴールをくぐると、上級生からボールを渡されてた。数字が書かれてるのが見えたけど、六人で走ってたのに、一位の子の手には二けたの数字が書かれてた。だからきっと順位じゃなくて得点なんだろうなってピンときたの。

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