JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

文字の大きさ
上 下
37 / 562
月城こよみの章

Hunting

しおりを挟む
自分の感覚が明らかに月城こよみ寄りに傾いていることを自覚した私は、敢えてそれを修正しようとは思わなかった。恐らく、もう一人の私と同期を図ればすぐにでも治ると思う。だがもう、そういう気にはなれなかった。このまま月城こよみになっていくのなら、それで構わない。

完全にそうなってしまうまでにはまだ多少の時間はあるだろう。その間にいろいろと片付けてしまいたかった。もちろん、綺勝平法源きしょうだいらほうげんのことは一番の懸念材料だ。できれば早いうちに片付けてしまいたい。そう思った私は、深夜、祖母が寝た後にホテルを抜け出そうと考えた。

私用のジャージに着替え、ベランダの手すりの上に立つ。風に乗ってくる匂いと音に集中し、綺勝平法源の気配を探った。いくら奴でも、ずっとグェチェハウの中に隠れてることはせんだろう。綺真神きまみ教の施設にはいないとしても、そう遠くない何処か、恐らくこの街の何処かには潜んでいる筈だ。しかも奴は何か準備をすると言っていた。私と戦うための準備だとするなら、グェチェハウと同等以上の何かを用意するだろう。なら、片っ端からそういうのを潰していけばいずれぶつかる可能性はある。

人間が集まる処には、動物の吐く二酸化炭素に吸い寄せられる蚊の如く化生が集まってくる。ただし、その殆どは本当に小さな虫のように大して害もないものだ。時折、人を脅かしたり精を吸ったりすることはあっても、大きなことをするだけの力はない。だが、ごく稀に、今日の運転手を依代としたムォゥルォオークフのように、生贄を求め意図的に人間の世界に溶け込む奴らもいる。そしてそのレベルの奴の数は決して多くはない。今の私でもその気になれば二~三日で片付けられる程度の筈だ。

すると早速、風に乗って僅かな臭いが捉えられたのだった。距離はそう遠くない。人間や人間以外のどの生き物でもない臭いと、血の臭いだ。これほど近いとなると私の本来の狙いとは違うかも知れないが、まずは行ってみるとするか。

手すりを軽く蹴り、体を宙に躍らせる。重力を感じ、頭を下に真っすぐに地面を目指す。中庭に面した最初の部屋とは反対側の道路に面した部屋からだったが、そこはホテルの玄関前だった。地上まで数メートルのところで回転し、足から着地する。当然、認識阻害を使っているので誰かがいたとしても見えないが、深夜なので元々ホテル前には殆ど人はいなかった。

着地と同時に走り出し、臭いのした方向に向かう。地上は障害物が多く走りにくいので、大きくジャンプした。建物の屋根や屋上を使って跳び、最短距離を移動する。そこは、少々寂れた雰囲気のアーケード街だった。もう何年も開閉されてないであろうシャッターが憐れですらある。近くに大型商業施設があり、そちらに客を奪われているのだろう。だが、そいつはそこにいた。

若い男が七人、集まって輪を作り、何かを囲んでいるのが分かる。よく見るとそれは、倒れた人間だった。背広を着たサラリーマン風の中年の男だった。酒の臭いと血の臭いが漂ってくる。どうやら酔っぱらいを若い男が取り囲み、一方的に暴行を加えているようだった。喧嘩ではない。ゲームのようなものだ。大して力も無い者をただ弄る。それだけの悪趣味な遊びだ。

そいつらに向かって私は歩いた。顔を覚えられてはつまらんので前髪を伸ばし隠す。

「何だこいつ?」

若い男の一人が私に気付いてそう言った。その瞬間、私はそいつに掌底を食らわしていた。だが違った。こいつじゃなかった。

「手前ぇ! 何しやがる!?」

私が一撃を食らわせた奴は人形のように地面に転がり、男達は色めき立って、下水に塗れた野良犬のような悪臭さえ感じさせる下衆い目で私を見た。しかしこの時の私には、こいつらのどれに私が気付いたものが憑いているのかが見分けられなかった。弱すぎるのだ。思った以上に小物だった。しかも大して成長していない。多分、人間の殺意を食って成長する化生、ゲベルクライヒナだとは思うのだが、どうにも憑いた相手が悪かったようだ。殺意の質が悪いのだろう、全く力を蓄えられていない。

ゲベルクライヒナにとって良質な殺意とは、ぎりぎりまで耐えた上で爆発するように弾けるそれなのだ。こいつらのような普段から安っぽい殺意を垂れ流してるような連中のそれでは、大して栄養もないジャンクフードを食ってるようなものだ。その所為で、どいつに憑いているのかが区別がつかない。それでも本来のクォ=ヨ=ムイなら分かる筈だが、今の私はどうもその辺りの感覚も鈍ってしまっているようだ。

仕方ない。片っ端から潰せばいいか。そう思い、私は黙ったまま瞬間的に距離を詰め、正面の男の顔に掌底を食らわした。拳は使わない。こんな連中相手に痛めてもつまらんからな。しかしこいつでもなかったようだ。こいつらのどれかに憑いてるゲベルクライヒナがいくら弱いと言っても、このくらいでは潰せない筈だからな。

「っのおガキぃ!!」

私の背後に回った奴が、後ろから私に抱きついてきた。乱暴に胸を鷲掴みにされ、痛みが走る。

「まさかと思ったがやっぱり女かこいつ!」

私の胸を掴んでそう言ったそいつの鼻っ柱に後頭部を叩きつけると、鼻の骨が折れる感触が伝わってきた。ものすごい勢いで鼻血が溢れ出し呼吸もままならなくなってしゃがみこもうとしたところへ、右の肘を顎に叩き込んだ。その肘を引き戻す力でそのまま左前に立っていた奴の胸の中心に掌底を食らわせた。肋骨が粉砕され、一瞬、呼吸が止まり心臓まで止まりかけるのが分かった。辛うじてそれは免れたようだが、そのまま意識を失って崩れ落ちた。だがこいつらでもなかった。残り三人。

残った三人はそれぞれナイフを取り出し、構えた。

「手前ぇ、ぐっちゃぐちゃに犯した後で胸ぇ切り落としてやらぁ!!」

そう吠えながら突き出されたナイフを指で掴む。するとナイフはその位置でがっちりと止まってしまったのに突き出した勢いは止まらず手が滑り、そいつの指が刃の上を滑った。ナイフの刃を掴んだ私の手にそいつの手がぶつかった時、ぬるりとした感触があった。血だ。自分のナイフで指を切ったのだ。

「う、ぎゃぁあ…」

悲鳴を上げようとしたそいつの股間を蹴り上げると、睾丸とペニスがきれいに潰れる感触が足に伝わってきた。ああ、これはもう一生使い物にならんな。ご愁傷さま。あまりの衝撃に意識を失い、昏倒する。こいつでもなかったか。

さすがにここまで力の差を見せつけられると恐怖が勝ってしまったか、残りの二人はナイフを放り出し悲鳴を上げながら足をもつれさせ何度も転びながら逃げ出してしまったのだった。転倒した際に一人は頭を思いきりアスファルトで打ち、一人はおかしな方向に腕が曲がってしまったが、まあ他の奴らに比べれば軽傷かも知れんな。

だがおかしい。ゲベルクライヒナは恐怖など感じなかった筈だ。ということはあの二人でもなかったのか。では、誰が…?

そう思った瞬間、私は叩きつけるような、爆発するような殺気を感じたのだった。

まさかと思い見ると、こいつらに一方的に暴行を受けていた筈の酔っぱらいが、倒れた男の頭を革靴で何度も踏みつけていた。

「手前ぇ! ふざけんなガキが!!」

そう吠える男の顔は、既に人間のそれではなかった。裂けた口から鋸のような歯が覗いていた。マズい! こいつだったのか!!

まだ小さく弱かったゲベルクライヒナが、倒れた若い男達を見たこいつの殺意が爆発したことで一気に成長したのだ。

中年男はなおも倒れた若い男の頭を踏みつけた。このままでは本当に殺してしまう。私は一気に間合いを詰め、捩じり込む一撃をそいつの腹に食らわせた。体の内部から一気に全身に衝撃を走らせる攻撃だ。

「げぼぁあ!!」

ゲロをまき散らしながら倒れ込むその中年男のゲベルクライヒナを、私は喰ったのであった。

しおりを挟む

処理中です...