JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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月城こよみの章

部長と部員

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私が山下沙奈の夢の中で肉の塊を粉砕したりしなかったのは、それが山下沙奈の悪夢をより強くしかねなかったからだ。母親らをバラバラに切り刻んだことを心底悔やんでいたからな。ここで私がバラバラにしようものなら、そのトラウマを呼び覚まし、ワヌゥラホゥフイェに力を与えかねなかったということだ。

もっとも、この程度の雑魚が力を付けたところで結果は変わらなかったが。ただ、山下沙奈本人の精神にかかる負担も大きくなってただろうから、それは癪に障るというのもある。だから決して山下沙奈の為ではない。その辺は勘違いしないでもらおう。

それにしても、学校内に生じた気配はまだ残っているようだ。これはどうやらエヴィヌァホゥァハか? 人間の妬み嫉みを餌にしてるありふれた雑魚だが、今回のは少々育ってしまったようだな。まあ、もう一人の私が気付いてない訳はないし、何か支障が出そうなら始末するだろう。そう思って放っておいたら、昼休憩中に突然気配が消えた。もう一人の私が喰ったのだと思った。向こうは向こうで問題なく適当にやってるようだ。それでいい。

するとその時、また、自然科学部の部室前に、部長の代田真登美しろたまとみが姿を現した。その手には紙袋が握られていた。それを持って部室に入り、しばらくして出てくる。すると持っていた筈の紙袋がない。それを見て私はピンときた。そうか、今夜の校内キャンプの用意なのだろう。さしずめ、肝試しで使う道具か何かを持ってきたに違いない。と思ったら、今度は玖島楓恋くじまかれんが現れた。

「ちょうどよかった。衣装合わせ、する?」

代田真登美が問い掛けると、玖島楓恋がにこやかに答えた。

「もちろん、その為に来たんだよ」

そう言うと、二人で部室に入って行った。衣装合わせとは、きっと今夜の肝試しで使う衣装のことだろう。暇だし、部室内での二人の会話を拾ってみる。

「今年はかなりいろいろあったから、前もって準備できなかったからね」

代田真登美がそう言いながら紙袋から衣装を取り出す気配があった。それに玖島楓恋が応える。

「そうだね、月城さんも山下さんも、可哀想……」

その声は少し沈んだ感じがあった。いつもの鬱陶しいくらいにポジティブな玖島楓恋とは少し印象が異なる。まあ、事情が事情だから仕方ないのか。月城こよみは両親が行方不明、山下沙奈は母親と母親の内縁の夫が逮捕され、しかも本人は性的虐待を受けていたらしいということが表に出てしまったからな。それに対して、代田真登美が付け加えるように言う。

「今年は肥土ひどくんも参加できないって」

ほう、肥土透ひどとおるは参加しないのか。何をさて置いても参加しそうな奴だと思ったんだが、意外だな。私がそう思ってると、玖島楓恋が補足するように言った。

「うん、聞いた。家の事情らしいけど」

なるほど。家の事情なら仕方ないのか。

「だけど、貴志騨きしだくんが参加できるだけでも良しとしなきゃね」

鉄壁の非モテ、貴志騨一成きしだかずしげが参加できるだけでも前向きに捉えられるとは、本当に大した奴らだよお前らは。そういうところが部員の信頼を集めるのだろうな。

正直、部の活動には冷めつつあった私はともかく、基本的には自然科学部の結束は、オカルトなどという不確実で曖昧なものを研究対象としているにも拘わらず、意外な程に確かなものがあった。ただ若干、宗教じみた一面もないではなかったが。それでも中学生活を少しでも楽しくするために資するという志も確かにあったのは私も感じてはいた。だからこそかも知れない。

「私達の最後のキャンプがちょっと寂しくなっちゃったけど、来年はみんな参加できるかな」

と漏らすように呟いた玖島楓恋が少し寂しそうだったのは。しかし、代田真登美はそれに喝を入れるかのように言う。

「その前に、部員集めを頑張ってもらわないとね」

それは、部長としての思いなのだろう。その意図に気付いたのか、玖島楓恋が応えた。

「そうかあ、山下さん、学校に戻れるかどうか分からないもんね」

確かにまだ、山下沙奈が学校に戻ってくるのは確定情報ではない。本人がそのつもりだというのは私は知っているのだが。

「月城さんも、ご両親が無事に見付かってくれないと、クラブ活動どころじゃないかも知れないし」

代田真登美のその言葉には、私は若干、苦笑いがこぼれてしまった。両親のことを言い訳に自然科学部とは距離を置こうと頭の隅で考えていたのを見透かされたような気分になる。

「そうかあ、そうすると最悪、肥土くんと貴志騨くんだけになっちゃうかも知れないんだ」

そう言った玖島楓恋の声には僅かな戸惑いも感じられた。突然現実を突きつけられてしまった感じかも知れない。しかしそれに対しても代田真登美は落ち込む様子を見せようとはせずに言った。

「だから私達も今のうちに頑張らないといけないかもね」

決意を新たにするかのような力強さがそこにはあった。それに励まされるように玖島楓恋の声にも力が戻る。

「うん、分かった。私ももう一度頑張ってみる」

その言葉に、代田真登美にも改めて力がこもる気配が伝わってくる。

「後輩達にちゃんと引き渡してあげたいからね」

二人の、自然科学部への思いが込められているのが分かった。そうだ。活動内容は他人から見れば遊んでるようにしか見えないかも知れないが、二人は大真面目なのである。それに引き換え私はと言うと……

若干の後ろめたさも感じてしまうのは、私に月城こよみの感覚が少しばかり残っているからなのだろう。人間の子供の遊びなどクォ=ヨ=ムイにとってはどうでもいいことの筈なんだがな。

しかし、そういう真面目な話を肝試しで使う衣装を着ながらやってるのかと思うと、笑ってしまうという気もしないではない。だが、そういうところも含めこの二人は真面目なのだ。それがこの二人の良さともいえるのかも知れん。

「どう? 変じゃない?」

代田真登美がそう問うと、玖島楓恋が嬉しそうに応えた。

「うん、すごい、さすがまーちゃん。迫力あるぅ」

その言葉に照れ臭そうに代田真登美が返す。

「やだ、まーちゃんはやめてよ。ここでは部長って呼んで」

と、何だか急に風向きが変わってきた気がする。しかもそれに輪をかけるように玖島楓恋が甘ったるい声を出した。

「はーい、まーちゃん」

まーちゃんねえ…玖島楓恋はもともと代田真登美をそう呼んでいたのか。

「ん、もう。楓恋のバカ」

それはもはや、部長と部員の会話ではなかった。普段から仲が良すぎるくらい仲がいい友人同士の会話だった。だが、これも中学生としては本来の姿の一つなのだろう。私も少し前まではその一人の筈だった。クォ=ヨ=ムイとして目覚めさえしなければな。

完全に人間として生きて死んでいくことを始めてからは一万年ほどか。その間の記憶も大体残っているが、どれもこれもこうしてみれば楽しいものだった。生まれた途端に殺されたこともあるし、母親と一緒に何人もの男に凌辱された上で殺されたこともある。が、その一つ一つが私にとっては実に興味深い経験だ。死があるが故に生がある。滅びることのない私にとって死は、むしろ望んでも得ることのできない至宝とも言える。

これも人間には理解できない感覚だろう。理解できれば死の恐怖や苦しみから解き放たれる可能性もあるだろうが、同時に死を恐れるからこそ生を歓ぶ感覚も失われる可能性もある。そのどちらを良しとするかは人間が勝手に選べばいい。後で泣き言を言わないのであればだが。

代田真登美と玖島楓恋の他愛ないやり取りを聞きながら、私はそんなことをぼんやりと考えていたのであった。

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