JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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月城こよみの章

Poison

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月城こよみの攻撃は、単に一直線に貫くだけのものではなかった。壁に到達する度に、髪が反射するように何度も方向を転じ、ホール内を全く死角無く覆いつくしたのである。それでいて、綺勝平法源きしょうだいらほうげんを除く人間と、肥土透には被害が及ばないように制御していたのだった。これにはさすがに私も感心した。

しかもそれだけではない。月城こよみの背後に、突然子供が現れた。十歳くらいの子供だ。だがそれは、そう見えるというだけで実際には人間ではなかった。アルヴィシャネヒラ(仮)だ。グェチェハウに食われた筈のそいつが、姿を現したのだ。と言っても意識はないようで、そのまま倒れ伏してしまった。しかし生きてはいる。

このホールに、あの時、アルヴィシャネヒラ(仮)を食ったグェチェハウがいたということだ。そいつからアルヴィシャネヒラ(仮)を巻き戻しという訳だな。それはつまり、あれも綺勝平法源が関係していたという証拠に他ならない。どこまで把握していたかはともかく、少なくとも綺勝平法源が使役していたグェチェハウが食ったという事実は変わらん。

その時、怒りの形相だった月城こよみが突然、呆然とした表情になった。

「そんな…」

呟くように声を漏らす月城こよみに、何事かと思い私は問うた。

『どうした?』

その問いに、顔を歪めながら答えが返ってくる。

「他にも食べられてる人がいる。多分、10人以上。だけど私じゃ巻き戻せない!」

そうだった。今のこいつが巻き戻せるのはせいぜい一週間。それ以前に食われた者についてはこいつではどうすることもできなかった。しかし、他にも食われた者がいるか。恐らく、教団に歯向かったり抜けようとした者が、グェチェハウの餌にされたということだろう。なるほどそれなら決して遺体は出てこない。実に合理的だ。いや、感心してる場合ではないな。

『もしお前がそいつらも巻き戻したいのなら、そいつらを食ったグェチェハウをお前が喰え。お前の中に取り込んでおけば後でもう一人の私に巻き戻させる時に手間が減って話をつけやすい』

私のその言葉に、月城こよみが一瞬、躊躇うのが分かった。怪物を喰うということに対してやはり生理的な嫌悪感があったのだろう。しかし今回は幸いなことに、相手がグェチェハウなだけに視覚的な抵抗感が無い。少し戸惑いながらも月城こよみは私に言われた通りにグェチェハウを喰った。ここにいたグェチェハウを全て。いちいち選別してる手間が惜しかったのだろうな。

だがその瞬間、月城こよみの体がビクンッと大きく跳ね、その場に崩れ落ちた。何だ? 何が起こった!?

こちらを見る綺勝平法源が凄まじく下卑た笑みを浮かべているのが分かる。クソッ、奴が何かやったのか!?

「月城!? じゃなかったクォ=ヨ=ムイさん!?」

グェチェハウが始末されたことで自由になった肥土透が、ようやくこちらに気付いて叫んだ。私の名を知ってるとは、やはりもう一人の私と関わったのだな。綺勝平法源から庇うように私達の周りに体を添わせてくる。

「どうしてここに? 手伝いに来てくれたんですか?」

そう問いかけるが、月城こよみは応えない。いや、応えられないのだ。それを見て、肥土透が綺勝平法源に向かって吠えた。

「お前だな? 何をやった!?」

その問い掛けに、綺勝平法源は、汚物の匂いすら漂ってきそうなこの上ない下衆い笑みを浮かべて応えた。

「やはりお前はその悪魔の下僕だったか。しかし残念だったな。さすがにそんなに一度に毒を取り入れては、反応も急激だろうなあ」

毒…だと? バカな? 私にそんなものは効かんぞ?

そうだ。私、クォ=ヨ=ムイに毒など効かん。何を仕込もうがこんな反応が起こる筈はないのだ。しかし、返事もできぬ私達に向かって、綺勝平法源は嘲笑うかのように言った。

「聞こえているかね? 悪魔よ。お前は最近急激に力が衰えてきていた筈だ。私が差し向けた使徒を倒すごとにな」

何…?

「気付かなかったのかね? お前が倒した使徒達には、毒が仕込まれていたのだよ。お前を弱らせ、力を奪う毒がな」

そんなことは有り得ない……いや、しかし…クソッ、思考が定まらん。これも毒とやらの影響か?

「さすがは我が神より賜った、悪魔だけを殺す毒。素晴らしい」

一人悦に入り、恍惚の表情を浮かべる綺勝平法源の姿が、この宇宙ごと叩き潰してやりたいくらい腹が立つ。にも拘らず、今の私には何もできなかった。それがまた許せない。

と、その時。

「肥土…くん…」

月城こよみだった。月城こよみが辛うじて意識を取り戻し、絞り出すようにして声を発したのだ。

「クォ=ヨ=ムイさん? 大丈夫ですか…!?」

どうやら肥土透には月城こよみとクォ=ヨ=ムイの区別がついていないようだが、今はまあそれはどうでもいいか。

「一分でいい…時間を作って…そうすれば回復できるから…」

回復? どういう毒かも分からんものをどうやって回復させるというのかこの時の私にも分からなかったが、月城こよみがやると言ってるのであればそれを信じるしかなかった。

「一分だな? 分かった、何とかする!」

何とかできる当ては全くなかった筈だが、肥土透はとにかくそう応えた。そして月城こよみはなおも言った。

「お願い…あのオッサン…本当許せない……絶対にぶん殴ってやるから……」

オッサンと来たか。普段の月城こよみではさすがにそこまで言わないだけに、本当に怒っているのがよく分かった。私も問う。

『どうやって回復させている?』

だがそれに対する返答は実に意外なものだった。

『分かんない……でも、何か違うの…何て言うか…毒の作用するポイントがちょっとズレてるって言うか……もしかしたら、私がクォ=ヨ=ムイじゃないからかも…』

その言葉に、私はハッとなった。なるほど、毒と言うよりは、私、クォ=ヨ=ムイそのものに対して作用するしゅのようなものということか。その程度のことにも頭が回らんとは、我ながら情けない。とは言えこれで光明が見えた。私と月城こよみとが分離してしまうという事態は奴も想定してないのだ。故に月城こよみが本体となっていることで呪が十分に作用しないのだろう。

ただそれでも、全く無害という訳ではないのは明らかだ。どの程度の影響が残るのかは未知数だが、ある程度の力が使えさえすれば何とかなる筈だ。

綺勝平法源は恍惚の表情を浮かべたまま悦に入っている。己の勝ちを確信したのだろう。これなら放っておいても回復までの時間は稼げそうだ。なのに私がそう思った直後。

「お前、絶対に許さない!」

肥土透が吠え、綺勝平法源へと飛び掛かった。

『待て待て、要らんことをするな』

という私の思いは当然届かず、綺勝平法源の拳を受けて体の一部を消し飛ばされつつ、肥土透の体が再びホールの床を転がった。だがそれでもすぐさま立ち上がり、睨み合う。そしてある程度回復したらまた飛び掛かりというのを繰り返した。まあ確かに何とか時間は稼げているのか。

おかげで一分どころかたっぷり二分は稼げたところで、月城こよみが吠えた。

「おっしゃあ! 回復完了!!」

床に寝転がった状態からそのまま空中に跳び上がり、髪を何本もの刃に変えて、回転するように連続攻撃を浴びせかけた。

「何!?」

完全に勝利を確信していた綺勝平法源は虚を突かれ、対応が遅れる。月城こよみの刃が綺勝平法源を捉えようとしたその瞬間、演壇の両脇から飛び出してきた者がその攻撃を受け止めた。

体中に何本もの巨大なハサミのような刃物を生やした怪物だった。ゲベルクライヒナだ。信者に憑依させて自分を守らせてるということか。

『後で巻き戻せばいい! 手加減はするな! 潰せ!!』

私の言葉を受け、月城こよみは刃を竜巻のように凄まじい速さで回転させ、「ごめん!!」と叫びながらゲベルクライヒナの刃物ごとその体を切り裂いたのであった。

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