JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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日守こよみの章

凶暗の旋風

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「何を、悲劇のヒロインを気取っとるかこの痴れ者が!」

自分が招いたことで涙を流して死を覚悟している新伊崎千晶にいざきちあきを見下ろしてやる。右手にブジュヌレンの頭を掴みながら。割れた窓もお前の体も既に巻き戻してやったのだからさっさと起きろ。

すると新伊崎千晶が上半身を起こして私を見た。縋り付くように涙を溜めた子供の目だった。

「自分が見捨てられなかったことがそんなに嬉しいか? だが、この事態を招いたのは他ならぬ貴様自身だ。これが貴様のやったことの結果だ。それを思い知れ」

「あ…うん……」

淡々と吐き棄てる私に、新伊崎千晶は気まずそうに目を逸らした。

それを捨て置き、今度は右手に掴んだ<それ>を睥睨する。

「まあ、新伊崎千晶も大概だが、お前もお前だ。ブジュヌレンごとき小物の力を得たぐらいで調子に乗りおって」

言いつつぐっと力を入れると、振りほどこうとカエル野郎がもがく。長い舌で私の腕ももぎ取ろうとするが、残念だったな。不意打ちでなければ貴様程度の力でどうにかなるものじゃない。爪を立てても同じだ。

今度は私の顔を狙って伸ばした舌を左手で掴んで引きちぎってやった。

「グゥエアガハアァアッ!!」

まさしくカエルが握り潰されたみたいな声を上げるこいつの頭を引き寄せ、狂悦の笑みをくれてやる。

「なあ貴様、市役所で係長やってるらしいなあ? そんな奴が女子中学生の下着を買おうと金を払ったことが世間に知れたらどうなるか分かるか?」

囁くように言ってやると、ヒキガエルのような体がビクッと跳ねた。新伊崎千晶のネット上のやり取りを洗いざらい調べ上げた石脇佑香いしわきゆうかからの情報だ。どこの誰とどんなやり取りをしたかまで、一言一句分かってるぞ?

「JC2だってね。下着は最低一週間は洗わないで。臭いは強いのがいいんだ。シミもたっぷりつけてね」

さらに顔を近付けて、囁いてやる。するとただでさえ醜い顔がよじれて一層醜くなった。

「オナニーはクリ派? 膣派? 指は入れる? 穿いたままでオナニーしてくれたパンツならもっと高く買うよ」

さすがの私でもニヤけずにはいられない。

「何だこのゲスいエロ漫画に出てくるようなセリフは? これが、四十過ぎの市役所の係長が女子中学生に送るメッセージか? ああ?」

もう哀れなくらいにガタガタと震えるカエル野郎は足腰に力が入っていない。私が掴んでいないとその場に座り込んでしまいそうだ。不様だな。

「貴様が騙し取られた金額分程度の苦痛は与えただろう? ここで引き下がるなら今回は大目に見てやる。だがその力は貴様には過ぎた力だ。そのままにはしておけんな」

念の為に、今のやり取りをしている間に毒が仕込まれてないかどうかを確認し、不審なところはなかったからブジュヌレンを食ってやった。すると見る間に怪物の姿からだらしない腹をした全裸の中年男へと変貌した。夜の住宅街で、女子中学生二人、しかもその一方は下着姿という前に立つ全裸の中年男か。他人に見られて通報でもされればこれだけでも十分に社会的にはお終いだなあ?

だが心配するな。空間は閉じてある。人間には知覚できん。

その辺の塵やらゴミやらを集めて組成変換しジャージとサンダルを作り、男の前に放り出してやった。

「それを着てとっとと失せろ」

男がさらに噛みついてくるならもう少し楽しんでもよかったが、完全に逃げ腰だ。こんな奴をいたぶってもつまらん。男は慌ててジャージを身に着けてサンダルを履いて夜の闇へと姿を消した。

それを見送った私は新伊崎千晶の方に向き直った。

「これがお前のやったことの結果だが、どうだ? 楽しかったか?」

そう問い掛けてやると、さっきとは打って変わって不貞腐れたように顔を逸らした。さっきは私に縋りつくような目を向けてたくせにその態度か。まあ人間ってのもすぐに変わるものじゃないからな。こんなものだろう。だが、私が背を向けると、

「…ありがとう…って、一応言っとくよ」

だと。やれやれ。面倒臭い奴だ。

この時、私は正直言って油断していた。だから人間としての感覚しか意識していなかった。その所為で、そいつの気配に気付かなかったのだ。

「…!?」

気付いた時には、私と新伊崎千晶の上半身と下半身は切り離され、宙を舞っていた。私が閉じた空間ごと何者かが切り裂いたのである。人間だけに見えなければいいと軽く閉じた空間だったから、それなりに強い力の干渉を受ければ簡単に破れてしまう。

ちいっ! 他にもいたのか!?

体を巻き戻し、新伊崎千晶も巻き戻した上で部屋に転送してやった。ベッドの上に落ちた新伊崎千晶が体を起こし窓からさっきまで自分がいた辺りを見た。

「今度は何……!?」

しかしもう、私の姿を捉えることはできなかった。その時には私は既に上空数百メートルまで跳び上がっていたからな。

そんな私に向かって凄まじいスピードで何かが迫った。それは、厚さ数ミリの黒い円盤状の何かだった。それが毎秒数万という速度で回転しながら宙を飛んでいるのだ。

私は髪をほどきそれを広げ、四枚の翼にした。蝙蝠のものに似た黒い翼だった。だがそれは空を飛ぶ為のものではない。こいつを叩きのめす為のものだ。

四枚の羽を自在に操り、私は奴の攻撃を躱した。

<凶暗の旋風>とも呼ばれるそいつの名は、シャノォネリクェ。下賤の輩共の中ではまずまずの力を持つ奴だ。しかもこいつは、ハリハ=ンシュフレフアの眷属でもある。ハスハ=ヌェリクレシャハと同じく尖兵として送り込まれることも多い。それを、新伊崎千晶と因縁を作った奴が召喚してしまったというところか。

まったく。面倒なことをしてくれたものだ。

そう思いながらも、私の顔はほころんでしまっていた。何しろこいつは、ハスハ=ヌェリクレシャハ程の力はないが、奴ほど馬鹿じゃない。人間の体を持った私とであれば、まあまあいい勝負が出来る可能性のある奴だ。だから少し楽しくなってしまっていたのだ。

私を狙い、シャノォネリクェが宙を奔る。私も四枚の翼で自在に宙を舞い、攻撃を躱しつつ、刃でもある翼で切り結んだ。しかしさすがに毎秒数万回もの回転をしているエネルギーはすさまじい。油断すると力負けしそうだ。それだけでなくこいつはフェイントなども用いて仕掛けてくる。だがそれだけに楽しかった。

捻り込みを加えつつ奴の攻撃をギリギリで躱し、その回転の中心目掛けて薙ぎ払う。そこがこいつの弱点だからだ。が、僅かにでも狙いが逸れると回転の威力に弾かれてしまう。しかも直線の速さはこいつの方が上だった。ただし、立体的な運動性では私の方が上だがな。

ギイィイン、ギャリィンと金属音を響かせながら、私とシャノォネリクェがぶつかり合う。

ハハハ! 楽しいな!!

そんな考えが頭をよぎってうっかり雲の中に飛び込んでしまい、私が一瞬見失うと、その隙を見逃さずに奴は私の脇腹を掠めた。掠めただけでも胴体の半分まで切り裂かれ、血が煙のように宙に広がる。だが私は、逆にそれを利用した。噴き出した血の一滴一滴を針に変えて、さらにとどめを刺すべく迫る奴の回転に同調させて同じように回転させて貫いた。回転により弾くことができなかったことで、数万本もの針が刺さり、それが奴の回転のバランスを崩した。私の血の針が偏って刺さったことで重心がズレたのだ。それにより回転がブレ、速度が落ちる。

当然、私がそれを見逃す筈もない。翼の刃で回転の中心を正確に薙いでやると、勝負は決した。

バキィイィィィンという感じの音と共に、奴の姿が消し飛んだ。その瞬間を、私の目は捉えていた。

凄まじい速度で回転していたものに切れ目を入れてやったことで遠心力に耐え切れなくなり、奴の体が破裂するように四散したのである。

時間は短かったが、結構楽しませてもらえたよ。

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