JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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冬休みの章

外伝・壱拾肆 小夜の慟哭

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その日、小夜さよはまだ幼い弟を連れて、混乱の中を逃げ回っていた。

なにやらみやこでお偉い方々同士で揉めて、それで戦になったらしいが、しがない大工の家の子として生まれた小夜とその弟にとっては、天上での出来事のように現実味に乏しい話だった。

だが、それでも一度ひとたび戦になれば当然のごとく巻き込まれる。

父も母も仕事に出掛けている間にそれに巻き込まれた小夜は、逃げる当てもなく焦げ臭い空気が漂う中をただただ逃げ回った。

「姉ちゃんが守ってあげるからね」

ベソをかきながら姉に手を引かれて訳も分からず連れまわされる弟を気遣い、小夜はそう声を掛ける。

でも弟は、

「あしがいたい…! おなかいたい…!」

と泣き言をもらす。無理もない。まだ数えで六つにもならない子なのだ。

そんな弟を守ろうとしている小夜とてまだ数えで十五。一応は嫁にも行ける歳とはいえど、その顔にはまだあどけなさも残るおぼこい少女だった。

なのに、<お偉い方々>はこんないたいけな姉弟を戦に巻き込んで、一体、何をしようというのか。

何の為の<まつりごと>なのか。

民がいるからこそ自分達も偉そうにできるというのに、その民を蔑ろにして何が為政者か。

と、現代人の感覚では思ってしまうのだが、この頃は、

『民こそが自分達の為にいる』

というのが当然の感覚だったのかもしれない。故に自分達の権力闘争に民が巻き込まれようと、それは詮無い話だったのだろう。

だから小夜とその弟がどれほど苦しもうと悲しもうと、誰も省みてはくれなかったのである。

「ごほっ! ごほっ!」

あちこちで火の手が上がり、煙はさらに二人を苛んだ。

「げほ、ごほほっ。うあぁぁん!」

咳き込み、あまりの苦しさに弟は声を上げて泣き始めてしまった。足も止まり、小夜が引いても動こうとしない。

「だめだよ! こんなところにいちゃ! 早く逃げなきゃ!」

つい強い調子で言ってしまった小夜だったが、彼女自身、もうどうしていいのか分からなくて泣きそうになっていた。

『どうして私らがこんな目に……!』

幼い弟の手前、口にこそ出さなかったが、小夜はそう叫びたかった。

と、その時、焼けて崩れた建物がぶつかったことで土塀が崩落、小夜と弟目掛けて倒れてきたのだった。

「あーっっ!!」

もう意味のある言葉すら発せられず、悲鳴のように声を上げて、小夜は咄嗟に弟を庇おうとした。

なのに、その彼女の目の前で、幼い弟の体は、おそらく数百キロはあったであろう砕けた土塀の塊に飲み込まれ、掴んでいた小さな手さえ彼女から引きはがされてしまったのだった。

瞬間、小夜の心も砕け、壊れてしまった。

「うあ…あ……ああぁぁああぁぁあぁあぁぁーっっっ!!」

もはや獣のような声を上げつつ、小夜は泣いた。自分達にこのような仕打ちをする何者かを恨んで泣いた。



数日後、騒乱と共に火事も収まり、人々はその後始末に追われることとなった。

そしてそんな中、崩れた土塀にすがるようにして息を引き取った若い娘と、元はは土塀だった土の山に埋もれて亡くなった幼い男児が発見されたのだが、二人を見付けた人々にも、それを悼む余裕はなかったのだった。

そういう時代だったということなのだろう。



小夜。享年、十五歳(数え)。死因、一酸化炭素中毒による窒息。もしくは火災の輻射熱による熱傷(断定できず)。

この哀れな姉弟には、結局、墓すら作られなかったのだという……

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