JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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三学期の章

新伊崎千晶のひらめき

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新伊崎千晶にいざきちあきが召喚士として優れていて化生共を操れると言っても、依代を得て顕現した奴まではそのままでは操れない。しかも物理的な力では完全にムォゥルォオークフが上だった。咄嗟に召喚を行い<腐然の猟犬>ブジュヌレンと<暴虐の隷獣>ヴィシャネヒルをそれぞれ三匹ずつ顕現させ、攻撃させる。

だが、どうにも分が悪い。化生としての格もムォゥルォオークフの方が上回っているのである。まあ、六対一でも負けない程度には。

「ちっ! こいつ意外と強かったんだな…!」

以前、ムォゥルォオークフを召喚し私にけしかけた時のあまりの不甲斐なさに、小物程度の認識しかなかったのかも知れないが、小物の中でも当然、上下はある。ムォゥルォオークフは、特に強力な個体であれば魔王とも称されることもある程度には力を持っているのだ。

そして今、ここにいる奴は結構な力を持っている。三下レベルのブジュヌレンやヴィシャネヒルではさすがに相手にはならない。

「…どうする? 手を貸してやろうか?」

学校内で騒ぎが起きれば私としても黙っている訳にもいかぬ。

月城こよみらには手出しさせない為に認識阻害を掛けてやった上で既に結界で閉じたが、私がいなくなるとさすがに怪しまれるのでまた<影>を作って派遣した。

今回は八歳の少女だ。胸まである亜麻色の髪を左右でまとめた、成長すればそれなりの器量を備えた娘になりそうな、いかにも田舎の純朴な娘という風情の少女だった。名は、リーネ。

八百年ほど前、住んでいた村が戦争に巻き込まれ、家に踏み込んできた兵士らに父親を殺され、母親と一緒に徹底的に弄《なぶ》られて殺されて八年の生涯を終えた娘だ。

どうしてこいつを選んだかと言えば、こいつを殺した兵士共の隊長がムォゥルォオークフの依代だったのだ。今の私としてその時のことを思い出してみると分かるものの、当時はそんなことを知る由もなく十数人の兵士共に次々と犯されて死んだがな。

まあそんな因縁もあり、リーネの<影>を使ってみた訳だ。しかし新伊崎千晶は突然現れた少女が私だとすぐに気付き、

「要らん!」

と一言で返してきた。

ふむ。その心意気やよし。では、どの程度やれるのか見学させてもらおう。

私は廊下の端で壁にもたれてただ眺めていた。その前で、ブジュヌレンやヴィシャネヒルが次々と捻り潰されていく。

そこで新伊崎千晶は新たにエニュラビルヌを召喚した。確かにこいつは下等な連中の中では割と強力な部類だが、しかし今回のムォゥルォオークフ相手ではちと分が悪いなあ。しかも召喚したエニュラビルヌがまた小さく若い。今の肥土透《ひどとおる》の体である個体の半分の大きさもない。これではあまりにも分が悪い。

ムォゥルォオークフの単純な拳の一撃で、頭が右に左に弾かれる。耐久性が高いから一撃でやられたりはせんが、精々時間稼ぎにしかならん。

そこで新伊崎千晶は自らも援護の為に雷撃の魔法を放った。が、ダメなんだな。それでは。

ムォゥルォオークフは魔力による攻撃に対しては耐性が高い。単純に物理でぶん殴るのが一番効果的だが、この程度では援護にもならんぞ。つまり、お前自身の攻撃は通用しない。

やはり知識のなさが致命的だな。相手に対して有効な攻撃方法を素早く選択するということができん。

ドラゴンを召喚できればさすがに間違いないのだが、残念ながら今の地球にドラゴンはおらん。他の世界から召喚するにもその為の方法を知らん。そこでも未熟さが露呈する。

「くそっ…!」

仕方なく今度は、牛魔には牛魔ということで別のムォゥルォオークフを召喚しようとしたが、こいつの召喚術が及ぶ範囲にはおらず空振りだった。

実に素人丸出しの戦い方で見ちゃおれん。

と、ムォゥルォオークフが私の姿を捉え、こちらに向かってきた。

そうそう、こいつ、幼い少女を生贄に欲しがる奴だった。

私は敢えて抵抗せず、こいつの手に捉えられ、高く掲げられた。そして、筋肉ダルマの股間から角のように反り返る一物が私に狙いを定めているのが分かる。こんなものに貫かれれば、八歳の少女でしかない今の私は膣どころか腹そのものが割け、即死だな。

とは言え、こいつはそんなことを気にするはずもない。私をオナホとやらのように使い、贄とするつもりだ。ホントに下劣な奴である。

エニュラビルヌをけしかけて私を救い出そうとするが、片方の拳だけであしらわれて話にもならない。

さあ、幼い少女が危機だぞ? どうする? 新伊崎千晶。

「くそっ!」

再び新伊崎千晶が声を上げた。そして新たに化生を召喚する。と、この気配は……

新伊崎千晶とムォゥルォオークフの間に現れたそれは、一見すると腐った獣の死体のようにも見える化生だった。だが違う。腐っているのはこいつ自身の力のせいだ。

<腐り蟲>デゴショネレツァ。新伊崎千晶の姉、千歳を襲いその体を腐り溶かした因縁の化生である。本当はもう見たくなかったのだろう。己の愚かさの為に姉を危険に晒すことになった奴だからな。

「やれっ!!」

新伊崎千晶が命じると、デゴショネレツァは毒の唾をムォゥルォオークフ目掛けて吐き出した。

するとムォゥルォオークフが素早く身を捻ってそれを躱し、毒の唾を浴びた校舎の壁が見る間に腐り溶けていく。

上手くかわしたが、その反応で分かってしまった。それが有効な攻撃であることが。そうなのだ。デゴショネレツァの毒は、ムォゥルォオークフさえ腐らせ溶かす。

ただし、体が腐ってぎこちなくしか動けんから、素早く動く相手とは相性が悪い。以前、新伊崎千晶に召喚されたブジュヌレンをやれたのは、実はまぐれのようなものだった。さて、どうする?

ムォゥルォオークフは私を捉えたままで縦横無尽に身を躱す。しかも、デゴショネレツァの毒の危険性を知っている為、毒を浴びた壁や床には触れようとせん。いやいや、なかなかやるなこいつ。

こうして攻撃を続けていればそのうちに床も壁も天井も毒に侵されて足を着く場所もなくなるだろうが、残念ながらそう上手くもいかない。デゴショネレツァが自らの体として取り込んだものが腐り果てて溶け落ちると、次の体を得るまでもう何もできなくなってしまうのだ。

つまり、時間制限があるということだ。今のこいつの様子を見る限り、それは残りおよそ一分。しかも体が腐れれば腐れるほど動くこともままならなくなる。

だから新伊崎千晶は頭をひねった。

「腐って上手く動けないってんなら……!」

デゴショネレツァの体が溶け崩れたその瞬間、エニュラビルヌを贄として、デゴショネレツァを復活させたのである。そう、エニュラビルヌを次の体として。

新鮮な体を得たデゴショネレツァは早かった。ムォゥルォオークフに負けぬ動きで私を捉えていた腕を握った。デゴショネレツァと化したエニュラビルヌの腕が掴んだ部分が一瞬で腐り溶けてちぎれ落ち、解放された私は床に着地した。

こうなればもう遠慮はいらない。手でもある六本の脚でムォゥルォオークフに抱き付き、尻尾も首も巻き付けて全身を覆いつくしてやれば、勝負は決した。

僅かに除く隙間から、ムォゥルォオークフの体が腐り溶けていく様が見て取れた。まあ、よくやったと褒めておこう。

「決して手際が良いとは言えんが、お前一人でよくやったよ」

「……」

声を掛ける私の方には振り向かなかったが、ホッとしているのは分かる。

では、後は私の役目だな。まずはデゴショネレツァそのものを無害な物質にまで巻き戻した上で校舎と男子生徒を巻き戻し、それから結界を解いた。

あと、いつものことだが男子生徒の記憶はそのままだ。ムォゥルォオークフとしてデゴショネレツァに溶かされるまでの間のな。人間としての意識はなくとも記憶には残せる。精々恐ろしい夢を見たと震え上がればいい。

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