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怨嗟の章
デザート
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「やっぱりお前もただの怪物なんだな……!」
赤い四つの目で自分を見詰める黒い獣に対して、綾乃は強い言葉を投げつけた。
その彼女の内部に噴き上がった憎悪が、ぎりぎりと音を立てそうなくらいに凝り固まって力を増していくのが分かる。
「……」
しかし、黒い獣は何も反応を見せなかった。ただ無機質な赤い四つの目で見詰めるだけだ。
けれどそれは、人間だから見抜けないだけだった。
黒い獣は、黒迅の牙獣は、淡々と思考していたのだ。
『彼女の中で憎悪の塊が膨れ上がっている……
強い、強い憎悪だ。
それが、彼女の命を回している。
そうだ。もっと憎め。もっと怨め。もっと怒れ。
もっと…もっとだ……!』
そして黒迅の牙獣は瓦礫の下から引っ張り出した遺体を前足で踏みつけ、ぞぶりと牙を突き立て、ぶちぶちと引きちぎり、ぐちゃぐちゃとわざと音をたてながら貪った。
そしてごくりと飲み下すと、再び遺体に食らいつき、今度は骨ごとバキバキと食いちぎった。
まるで、綾乃達に見せ付けるようにして。
いや、実際に見せ付けているのだ。自身がいかに恐ろしくおぞましい、人間とは決して相容れることのない狂気の怪物であるかということを。
人間にとっては嫌悪と憎悪と恐怖の対象でしかないということを。
黒迅の牙獣が遺体を貪るほどに、綾乃の中の憎悪が増し、それが激しく彼女の<命>を回すのも、彼には見えてしまう。
『いいぞ……いいぞ……!
そうだ。それでいい……!!
それでこそ食い応えがあるというものだ……!!』
遺体をすっかり食い尽くした黒迅の牙獣はギラリと赤い目を光らせ、恐ろしく長い舌で自身の口をぞろりと舐め上げた。
それを見た瞬間、綾乃は死を覚悟した。
自分達は、この黒い獣、いや、黒い怪物にとってはただの<デザート>に過ぎないのだと、犠牲者達の遺体を食べ尽くした後でゆっくりといただくために今まで生かしておいただけなのだと、理解してしまった。
『だけど……だけどせめてこの子だけは……!』
そう思ってみほちゃんの体を覆うように抱き締めた。無駄だと分かっていてもそうせずにいられなかった。
自分の肉にあの怪物の牙が食い込んでくるその瞬間を待ちながら―――――
しかし、その瞬間は、いつまで待っても来なかった。
どれほどの時間が経っただろうか。
実際にはほんの十数秒だっただろうが、綾乃にとっては何分もの時間が過ぎたようにさえ感じられていた。
いつまで待っても訪れない死に、綾乃は恐る恐る目を開けて、あの黒い怪物がいた辺りを見た。
『……いない……? どうして……?』
そう思いながら辺りを見回してみたけれど、やはりあの黒い怪物の姿はどこにもなかった。
そこにあったのは、静けさと、この凄惨な光景には似つかわしくない爽やかな緩い風だけなのだった。
赤い四つの目で自分を見詰める黒い獣に対して、綾乃は強い言葉を投げつけた。
その彼女の内部に噴き上がった憎悪が、ぎりぎりと音を立てそうなくらいに凝り固まって力を増していくのが分かる。
「……」
しかし、黒い獣は何も反応を見せなかった。ただ無機質な赤い四つの目で見詰めるだけだ。
けれどそれは、人間だから見抜けないだけだった。
黒い獣は、黒迅の牙獣は、淡々と思考していたのだ。
『彼女の中で憎悪の塊が膨れ上がっている……
強い、強い憎悪だ。
それが、彼女の命を回している。
そうだ。もっと憎め。もっと怨め。もっと怒れ。
もっと…もっとだ……!』
そして黒迅の牙獣は瓦礫の下から引っ張り出した遺体を前足で踏みつけ、ぞぶりと牙を突き立て、ぶちぶちと引きちぎり、ぐちゃぐちゃとわざと音をたてながら貪った。
そしてごくりと飲み下すと、再び遺体に食らいつき、今度は骨ごとバキバキと食いちぎった。
まるで、綾乃達に見せ付けるようにして。
いや、実際に見せ付けているのだ。自身がいかに恐ろしくおぞましい、人間とは決して相容れることのない狂気の怪物であるかということを。
人間にとっては嫌悪と憎悪と恐怖の対象でしかないということを。
黒迅の牙獣が遺体を貪るほどに、綾乃の中の憎悪が増し、それが激しく彼女の<命>を回すのも、彼には見えてしまう。
『いいぞ……いいぞ……!
そうだ。それでいい……!!
それでこそ食い応えがあるというものだ……!!』
遺体をすっかり食い尽くした黒迅の牙獣はギラリと赤い目を光らせ、恐ろしく長い舌で自身の口をぞろりと舐め上げた。
それを見た瞬間、綾乃は死を覚悟した。
自分達は、この黒い獣、いや、黒い怪物にとってはただの<デザート>に過ぎないのだと、犠牲者達の遺体を食べ尽くした後でゆっくりといただくために今まで生かしておいただけなのだと、理解してしまった。
『だけど……だけどせめてこの子だけは……!』
そう思ってみほちゃんの体を覆うように抱き締めた。無駄だと分かっていてもそうせずにいられなかった。
自分の肉にあの怪物の牙が食い込んでくるその瞬間を待ちながら―――――
しかし、その瞬間は、いつまで待っても来なかった。
どれほどの時間が経っただろうか。
実際にはほんの十数秒だっただろうが、綾乃にとっては何分もの時間が過ぎたようにさえ感じられていた。
いつまで待っても訪れない死に、綾乃は恐る恐る目を開けて、あの黒い怪物がいた辺りを見た。
『……いない……? どうして……?』
そう思いながら辺りを見回してみたけれど、やはりあの黒い怪物の姿はどこにもなかった。
そこにあったのは、静けさと、この凄惨な光景には似つかわしくない爽やかな緩い風だけなのだった。
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