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春休みの章
寸劇
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トレアは、まだ十分に発育していない己の体を見せ付けるかのように踊る。
地面に腰を下ろし、左の方がやや曲がっているようにも見える足を大きく広げて未熟なそれを藍繪正真の視線と陽光に晒した。
完全に男を誘い受け入れることを示す仕草である。自分がそういう目的で買われることをトレアは理解していた。だから精一杯主人に媚びを売って、なるべく大事に使ってもらおうと必死だった。主人にとって価値のある奴隷であると示せば、それだけ苦痛も減るに違いないと思っての努力だった。
それどころか、気に入ってもらえなければそれこそ滅茶苦茶にいたぶられて殺されるだろう。トレアにとってはまさに一瞬一瞬が生死を賭けた戦いなのだ。
なのに……
「…もういい。やめろ……!」
自分の前で繰り広げられる艶めかしい踊りを唖然とした様子で見ていた藍繪正真がハッと我に返って声を上げた。
瞬間、トレアがビクッと体を竦ませ、飛び跳ねるように伏せて地面に頭をすりつけ、
「申し訳ございません! お見苦しいものを見せてしまいました……!」
と必死に謝罪した。自分の踊りが気に入らなかったことで叱られるのだと思ったのだ。
だが、藍繪正真は、まだ精々十二歳くらいにしか見えない少女が心の底から怯えて本気で土下座する姿にも、戸惑いを見せるしかできなかった。
『なんだ、これ……?』
自身の価値観や感覚と噛み合わず、眼前の光景を脳が処理しきれずにフリーズのような状態になる。
マンガやアニメでは時折見られるような光景かもしれないが、それが現実として目の前で繰り広げられると、混乱してしまう。
「だからやめろ! 普通にしてろ!」
やっとの思いでそう口にしたが、今度はトレアがそれに混乱する番だった。
『普通に? 普通にとはどうすればいいんですか? これが普通じゃないんですか……?』
奴隷であるトレアにとっては、主人の気分を害したならこうやって地面や床に頭をこすりつけて詫びるのが<普通>だった。なのにこの新しい主人は、
『普通にしてろ!』
と言う。この主人の言う普通が理解できなくて、少女はパニックを起こした。
華奢で、ひょろい藍繪正真でさえ力一杯踏みつければそのまま潰れて死んでしまいそうな体がガクガクと震えだし、服の尻の辺りにぱあっと染みが広がった。と同時に、じゃあと液体が滴り、足と地面を濡らしていく。
パニックのあまりトレアが小便を漏らしたのだ。
それは藍繪正真からは見えなかったが、ふわりと臭いが漂ってきたことでようやく異変を察した。
『こいつ、漏らしやがった……!』
小便を漏らしたことに加え、異様なまでにガタガタと震える少女の様子に、今度は藍繪正真がパニックを起こす。
「なんだ!? なんなんだよお前! 訳が分かんねえ!!」
こうして主人と奴隷は、街外れの道端で、通りがかった者達からすれば意味不明な寸劇を繰り広げることになったのだった。
地面に腰を下ろし、左の方がやや曲がっているようにも見える足を大きく広げて未熟なそれを藍繪正真の視線と陽光に晒した。
完全に男を誘い受け入れることを示す仕草である。自分がそういう目的で買われることをトレアは理解していた。だから精一杯主人に媚びを売って、なるべく大事に使ってもらおうと必死だった。主人にとって価値のある奴隷であると示せば、それだけ苦痛も減るに違いないと思っての努力だった。
それどころか、気に入ってもらえなければそれこそ滅茶苦茶にいたぶられて殺されるだろう。トレアにとってはまさに一瞬一瞬が生死を賭けた戦いなのだ。
なのに……
「…もういい。やめろ……!」
自分の前で繰り広げられる艶めかしい踊りを唖然とした様子で見ていた藍繪正真がハッと我に返って声を上げた。
瞬間、トレアがビクッと体を竦ませ、飛び跳ねるように伏せて地面に頭をすりつけ、
「申し訳ございません! お見苦しいものを見せてしまいました……!」
と必死に謝罪した。自分の踊りが気に入らなかったことで叱られるのだと思ったのだ。
だが、藍繪正真は、まだ精々十二歳くらいにしか見えない少女が心の底から怯えて本気で土下座する姿にも、戸惑いを見せるしかできなかった。
『なんだ、これ……?』
自身の価値観や感覚と噛み合わず、眼前の光景を脳が処理しきれずにフリーズのような状態になる。
マンガやアニメでは時折見られるような光景かもしれないが、それが現実として目の前で繰り広げられると、混乱してしまう。
「だからやめろ! 普通にしてろ!」
やっとの思いでそう口にしたが、今度はトレアがそれに混乱する番だった。
『普通に? 普通にとはどうすればいいんですか? これが普通じゃないんですか……?』
奴隷であるトレアにとっては、主人の気分を害したならこうやって地面や床に頭をこすりつけて詫びるのが<普通>だった。なのにこの新しい主人は、
『普通にしてろ!』
と言う。この主人の言う普通が理解できなくて、少女はパニックを起こした。
華奢で、ひょろい藍繪正真でさえ力一杯踏みつければそのまま潰れて死んでしまいそうな体がガクガクと震えだし、服の尻の辺りにぱあっと染みが広がった。と同時に、じゃあと液体が滴り、足と地面を濡らしていく。
パニックのあまりトレアが小便を漏らしたのだ。
それは藍繪正真からは見えなかったが、ふわりと臭いが漂ってきたことでようやく異変を察した。
『こいつ、漏らしやがった……!』
小便を漏らしたことに加え、異様なまでにガタガタと震える少女の様子に、今度は藍繪正真がパニックを起こす。
「なんだ!? なんなんだよお前! 訳が分かんねえ!!」
こうして主人と奴隷は、街外れの道端で、通りがかった者達からすれば意味不明な寸劇を繰り広げることになったのだった。
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