獣人のよろずやさん

京衛武百十

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第三部

レギラとボゼルス

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「オレダ!」

「いいや、オレがここにミセを出す!」

<ゴヘノへ御輿>が設置されたところまでくると、そうやって言い合う男性の声がはっきりと聞こえました。

レギラとボゼルスでした。

二人は共に山羊人やぎじんで、しかも料理の腕には自信があり、共に<店>に興味を持って屋台を出してくれることになっていたんです。

ここにはまだ、私達の<よろずや>以外には<店舗>と呼べるものはありませんが、ゴヘノへ御輿の建造中にも、働いている皆のために軽く食事ができるようにと屋台をいくつか設置していました。その中で山羊人やぎじん向けの屋台を交代で受け持っていたのが、このレギラとボゼルスでした。

二人はお互いに全く譲る気がなく、<山羊人やぎじん>と私達が仮称しているだけあって<山羊の角>によく似た角を持つ者同士で、今にもその角をぶつけ合おうとしているようにも見えました。実際、雌をめぐって角をぶつけ合って勝負することもあるそうです。

地球人の感覚からすると野蛮極まりない話ではあるものの、それも含めた彼らの<習性>であり<風習>なので、私も、

「分かりました。それでは、店を出す場所については、<角相撲>で決めてください。それでいいですね?」

<祭の総責任者>の一人として、裁定を下します。少佐と私の仕事の大半は、こういう、現場でのあれこれについて沙汰を下すというものでした。

なお、<角相撲>というのは、山羊人やぎじんの雄同士が角をぶつけ合う行為にそれまで特に名前がなかったので、私達がそう名付けたものです。ただ、<角相撲>は、勝負がついた後で負けた側がその事実を認めず話を蒸し返してくるのを防ぐために、基本的には<おさ>が勝負を見届けることになっています。

しかし、この場に長は来ていなかったので、レギラとボゼルスもその場で<角相撲>を始めることができずにいたんです。とは言え、このまま放置していたら勝手に始めてしまい、共に、

<許可なく私闘を行った罪>

で、下手をすると群れを追われる可能性もありました。だから私は、

「メイミィ、おさに<角相撲>を行う許可をもらってきて。見届け人は私、ビアンカ・ラッセで」

メイミィにそう告げました。

「分かった…!」

彼女はそう応えて、山羊人やぎじん達の集落に向かって走り出します。妹のレミニィを伴って。

こういう時のために、おさの代わりに私か少佐か伍長が<見届け人>になることを、山羊人やぎじん達との間で取り決めていたんです。その辺りの交渉は、基本、少佐の役目でしたが。

「これでとにかく、おさからの許可状を待つということで、それまで二人ともおとなしくしていてね」

私の言葉に、レギラとボゼルスは、

「ハ…ッ!」

「けっ!」

険悪ながらも、とりあえずは落ち着いてくれたのでした。

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